2014年07月06日

# ハンバーガーが死んでいく――湘南探偵物語




 今日は古書店で偶然タイトルが目に留まり、迷わず買った本の話。音楽における「ジャケ買い」同様の「背表紙買い」と言ってよいと思う。

 刺激的なタイトルだが、エリック・シュローサーのような社会学の本でなく、これは探偵物。横須賀基地の米兵たちの周りで起きる様々な事件・問題を解決するトラブルシューター、万里村桂(まりむらけい)が活躍するシリーズ中の一作だ。作者は『ポニー・テールは、ふり向かない』で知られる喜多嶋隆。1994年から2000年まで、光文社文庫に書下ろしたシリーズ11作中の11作目が本作。なお、シリーズは完結したワケではなく、休止していると言うのが正確な状況。

 横須賀基地司令官の直属組織、通称"ヨコスカCIA"の秘密探偵・万里村桂。26歳(第1作時点)。生粋の湘南娘を自認する、鎌倉の老舗蕎麦屋の末娘。祖父より学んだ柔道の技術で不良高校生たちを退治して、彼らがカツアゲで巻き上げた金品を奪う(つまりカツアゲ)行為をしていたことがバレて勘当。高校卒業の翌日に一人、米国サンディエゴへと旅立った……。

※なお、葉山へはあまり行ったことが無いので、以下、由比ヶ浜(ゆいがはま)や鵠沼(くげぬま)、江ノ島など、葉山"以外"の湘南の写真を多数載せた。


 サンディエゴには5年半。英語学校に通い、柔道スクールのコーチなどをして暮らしたが、祖父の死の知らせを受けて帰国。葉山に一室を借りてマリーナで働いていたところを、横須賀基地の将校・フレミング大佐から、その堪能な英語力と格闘技の腕を見込まれ、仕事を依頼される……というのがおよその設定。


 暴走族だった友人から譲り受けた車高の低いスカイラインGT-Rを駆って、湘南の町々を調査・探偵。初めは素手のみで闘っていたが、程なく25口径の自動拳銃を携帯。普段は田越川沿いのシーフード・バー「DRAGON」で働いていて、店主・竜二とは恋仲。竜二は桂の仕事を知っており、ときに番長を張っていた頃の喧嘩の腕と度胸を活かし、捜査の助太刀をすることも――。

 それほど「固ゆで」な話でも無くて、安心して気楽に読めるストーリーなのだが、それより、このシリーズ最大の見どころは、葉山・逗子を中心とする湘南の暮らしがリアルに描かれている点である。


 134号線のドライブ、ヨットクルーズ、フィッシング、ウィンドサーフィン。憧れを誘う夢のような"海"の生活が、具体的な地名やレストラン・飲食店などのロケーションを交えて、地元っ子・桂の一人称で語られる。

 それで第11作、現時点の最終作である『ハンバーガーが死んでいく』。本作には桂のサンディエゴ時代の恋人・トニーが登場する。二人は柔道スクールのコーチと生徒として知り合った。2年ほど付き合い、桂の帰国と共に関係は終了。それから5年……。


 そのトニーが葉山の先、秋谷(あきや)で英会話教室を開いているという情報を仕入れた桂がコンタクトを取ろうとしたところ、妙な事件に巻き込まれてゆく。トニーの様子も明らかに変だ……というのが今回の話。米海軍に勤めていたトニーは2年ほど前から横須賀基地に転属になっていた。

 この話の中で、ハンバーガーのエピソードがいくつか登場する。

 まずサンディエゴ時代。桂もトニーも貧乏だったので、夕食は「安い店ばかり」。「なんと言っても、よく行ったのが、ハンバーガー屋だろう。マクドナルドやバーガーキングのようなチェーン店はもちろん行った」「チェーン店でないハンバーガー屋も、カリフォルニアには多い。そんな店に入ると、巨大なハンバーガーが、皿にのって出てくる。皿のわきには、これでもかと言わんばかりのボリュームのフライド・ポテト、そしてアルファルファがのっかっている」。


 捜査の途中、考えをまとめるために桂が立ち寄るのが七里ヶ浜のバーガーキング。「わたしは、店の前の岸壁で、ワッパー・ジュニアをかじっていた。上から狙っているトンビにガンを飛ばしながら、バーガーをかじっていた」。

 終盤、貧乏だったサンディエゴ時代とは生活が一変したトニーに、桂が「……ハンバーガー1個とコークで過ごせた、あの頃には、戻れない?」と訊く。君はどうなんだ? と返されて、「わたしは、いまでも、ハンバーガーとコークでOKよ。もちろん、多少の贅沢は知っているけど、いまでも、ハンバーガーの生活はOKよ」と桂は答える。別れてから5年後の二人の生き様の違いを表わす場面だ――。


 ストーリーはさておき、七里ヶ浜のバーガーキング(現在はファーストキッチンに変わっている)で桂がハンバーガーを食べるシーン。ここでの桂の「ワッパージュニア」の選択は賢明だ。

 女性だからジュニアにしたというのもあるだろうが、バーキンらしさを楽しむ上で「ワッパー」のボリュームは必ずしも不可欠なもので無く、むしろハンバーガーとしてのまとまりはジュニアの方が好い――というのが私の意見なので、このチョイスは支持したい。

 ここでは「かぶり付く」でも「頬張る」でも「食べる」でもなく、「かじっていた」という言葉が遣われている。もし作者が意図してこの「かじる」という言葉を選んだのなら、ハンバーガーとは、さも「つまらない」、退屈な、あるいは侘びしい食べ物であるという風に、ここで強調しているように思われる。


 それは食べ物として「低く見ている」という意味では無い。少なくとも5年半にわたる桂の米国暮らしにおいて、ハンバーガーとは、貧しくとも楽しかった青春時代の象徴として記憶されており、仮につまらない、侘びしい食べ物であったとしても、決して嫌なものではない。嫌いじゃない。多少の贅沢を知っている今でも、十分に受け容れられる食べ物なのだと、この作品ではハンバーガーをそう位置付けているのだ。

 であるにしても、作者本人による表紙のバーガー写真が見るも侘びしいものであるのが何とも複雑だ。パティが2枚挟まるダブルバーガーでバンズはゴマ無し。野菜無し。ケチャップと刻んだオニオン、ピクルスらしきものが辛うじて覗いているのみ。


 発刊が2000年。都内においてハンバーガー専門店がブームになったのが2006、7年の辺り。そのわずか6〜7年の間の時代的なギャップというものも少なからずあるのだろうが、それにしたってあまりに淋しい写真だ。貧相だ。果たして一冊の本の表紙に耐える写真であるかどうか……。

 敢えてそういうことを伝えたい意図があったのかも知れないが、だとするなら効果がやや大き過ぎたようだ。ただそれは、2014年の"今"見るからそう映ることかも知れない。

§ §

 6月下旬、雨のしと降る梅雨の夜から始まって、青空高く伊豆半島の上に入道雲が湧き上がる梅雨明け頃までの話なので、ちょうど今が読み時な一冊。事の起こりが語られる1作目を読んでから読むとなお好い。



# バーガーキングのワッパージュニア
# 273 Sun2Diner [中目黒]
(店主田嶋さんは8ヶ月サンディエゴに留学していた)



2014.7.6 Y.M
posted by ハンバーガーストリート at 15:45| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする