代官山「HOLLYWOOD BURGER」に匹敵する壮大なスケールの店名である。千葉県は松戸市・八柱(やばしら)のWALTVEGAS(ウォルトベガス)。その店の名からは何やらギラギラ、ゴージャスな"輝き"が感じられる。だが面白いもので、その所在地はなかなかに地味な、渋い場所にある――。
●八柱
八柱(新京成)または新八柱(JR)は、常磐線・総武線・京葉線といった東京から千葉県内に東西方向に延びる主要路線で無く、南北方向に走る武蔵野線と、ローカル線である新京成の駅である。だから柏や船橋のようなにぎわいある街では無く、むしろ郊外の、静かな住宅街の一角に位置している。
とは言え、私も夜にしか行ったことがないので本当はどんな街なのか、よくは知らない。ただ、店主・大木さんが「将来店を出すならココ」と決めていた「さくら通り」は、この厳寒の真冬に歩いてもなかなかに立派な、堂々たる通りだった……と調べてみると、「日本の道100選」に選ばれた道だそうで。
●さくら通り
大木さんご夫妻の店。大木さんの弟さんもスタッフの一人として働いている。が、パッと見には二人が兄弟とはまず気付かない。
北小金「R-S」の島本さんは中学時代の先輩。そして東京・三田の「MUNCH'S BURGER SHACK」柳澤さんには移動販売時代に世話になった。
大木さん夫妻は「TATAR WAGON(タタールワゴン)」という名の移動販売を1年ほどやっていた。その車を製作したのはマンチズさんの師匠に当たる人物。二人も様々に薫陶を受けた。
ある春の日、花見の時期の中目黒に出店した際、目黒川沿いのみごとな桜並木を日々目にするうちに「将来店を出すなら桜の樹の下で……」と思うようになり、子供の頃よく観に行っていた地元八柱の「さくらまつり」の会場である「常盤平さくら通り」にこの場所を見つけて、店を出すことを決意。
桜の季節に間に合わせたかったが遅れに遅れ、2010年5月17日オープン。もうすぐ4年。4度目の桜の季節を迎える。
●40種のビール
この3年半の間にも店は絶えず変化し続けている――と大木さん。実はごく最近、ハンバーガー色を弱めて、代わりに「アメリカ料理」と「ビール」をもっと前面に押し出すよう改変がなされたばかりである。店名のサブタイトルも"BEER & HAMBURGER"から、"AMERICAN DINING & BAR"へと変わった。私が訪ねたのは新しく看板が掛け替わる、ちょうど前の日だった。
ボトルビールを常時40種置いているのは以前と変わらないが、今後は料理同様、アメリカのクラフトビールを増やしてゆきたい方針である。
それで面白いのは、その全40銘柄のビールに対して独自の説明書きを添えて紹介している点である。
各銘柄を特徴ごとに「最初の一杯」「前半」「中盤」「終盤」といった具合に分類。中には「このビールに合うのはガーリックトリュフフライ」など具体的なペアリングにまで言い及んでいるものもある。「わからない人が来ても選べるように」との配慮であるが、もちろん全てを飲んで各ビールの性質をある程度理解した上ででないと書けないワケで、この手間と暇の掛かったメニュー作りの姿勢は実に素晴らしいことだと思う。
大木さんはホノルルにある"Yard House"というレストランに強く刺激を受けた。生ビールのタップが200近くもズラリと並ぶその壮観に、その華やいだ店内の雰囲気に「食を通じたエンタテインメント」を強く感じたのである。
レストランへ行くだけでワクワクする。バックリブが出て来ただけで「ワッ!」と盛り上がる。そんな食事の楽しさを表現したい。そのワクワク感を伝えたい。日に三度しかチャンスの無い食事のうちの、せめて一度でも、もっとワクワク楽しいものになれば――という思いが店名には込められている。
●静かなブルース
常に進化し続けるウォルトベガス――店内もオープン時からはガラっと変わった。
開店当初、地元の工務店に安く、なるべくシンプルに造ってもらった店内は、その後、夫婦二人と弟さんとで気になる部分を何度も手直しし、柱や仕切り、カウンター、机の天板など、全て自分たちで造り足していった。その成果である現在見るこの店内は、実に居心地が好い。
間接照明を駆使した、それこそ「ワクワク」するようなライティング。そこへ流れる静かなブルース、R&B。駅から離れたこんな場所に「こんな店」があるとはちょっと想像がつかない、夢のある、みごとな空間演出だ。家の近所に欲しい一店。郊外の店のみに許される、ゆとりのある設計もまた好い。
一時期は20品近くあったバーガーメニューは今は4品に絞られ、「アメリカンな料理と数々のビール」と「あとハンバーガー」という位置付けに変わった。これは「食事とビールをもっと楽しんで欲しい」という真摯な思いによるもの。
●中央市場より
バーガーメニューは全4品。THE BASICと名の付くバーガーはアボカドベーコン&チーズがその正体。¥1,380。サイドはポテト、サラダほか全5品から2品選べる方式。
パティは120g。牛肉と豚肉の合挽き。東京・芝浦の中央卸売市場、「食肉市場」から直接仕入れた良い肉を使っている。牛肉は食感を残すべく、手でカットしたものと挽肉とをブレンド。あとは塩コショウだけというシンプルな味付け。グリドルで焼いている。
バンズも最近変わった。ゴマなしツヤなしのグラハムバンズで、以前使っていたものよりバーガー全体のクオリティが向上したと大木さん。
2分の1個を使ったアボカドのベッタリ・ねっとりとした口当たり。パリパリした薄さのベーコンは、ギュッと濃縮された塩味と焦げた香ばしさを発揮。噛み応えもあって、このバーガーの重要な基点となっている。クラウン(上バンズ)にマヨネーズ。レタスはグリーンカール。オニオンは入らず。
食べた余韻ないし輪郭は紛れもなく「ハンバーガー」なのだが、但し肉の部分だけ「味」が違う――。
洋食の腕のある人がその技術で作った洋食的な「ハンバーグサンド」とも違う。これは明らかに最初から「ハンバーガー」を目指して作られたものなのだが、唯一点、肉の味だけが日ごろ私が食べ慣れたものとは違うのである。その点率直に「調子が狂う」と言っておこう。
コショウの利きが普段より強く感じられるのは、牛100では無いためだろう。所謂「ハンバーグ」の味である。だがそこそこに噛み応えはある。不思議と言えば何とも不思議な味わいだ。
§ §
こんな豪華な内容にせずとも、ひょいと片手で摘まめてパクつける「ちょっとしたもの」くらいの方が、酒場のバーガーには合っているように私は思う。ことに「お酒の店のおいしいバーガー」を目指す上では、そうしたものの方がよりふさわしいだろう。気負わず、気取らず、ちょっとした……だけどおいしいハンバーガー。
そういったことなども含め、絶えず進化し続ける店である。次は真夏の暑〜い最中(さなか)に、ひ〜んやり冷えたアメリカのクラフトビールを飲みに行きたい。その頃にはどうなっているだろうか――。
― shop data ―
所在地: 千葉県松戸市常盤平陣屋前7-15 岩崎ビル1F左
新京成電鉄 八柱駅・JR武蔵野線 新八柱駅歩5分 地図
URL: http://www.waltvegas.com/
TEL: 047-710-6133
オープン: 2010年5月17日
* 営業時間 *
平日: 17:00〜22:30(LO22:00)
土日: 11:00〜14:30(LO14:00), 17:00〜22:30(LO22:00)
定休日: なし(要確認)