2013年08月22日

# 302 Tequila's Diner [静岡]



 今月末で閉店するジャッカルの話題をずっとしてきたが、静岡にはもう一店、Tequila's Diner(テキーラダイナー)という店がある。

 店が在ることは前から知っていたのだが、行ってみて驚いた。お馴染み青葉緑地を挟んでジャッカルとは歩いて2分と離れない近所だったのである。しかも両店の間にはモスバーガーまである。葵区七間町(しちけんちょう)から常磐町にかけての一帯はどうやらバーガー密集地帯だったようだ。


●旅の始まり

 オーナーはテキーラさんという。もちろんあだ名だが、静岡のこの界隈では「テキーラ」ですっかり通っているので、以下「テキーラさん」でゆく。

 静岡市出身。中学生の時に近所の河原などで野宿する趣味を覚え、高校の時にはバックパック背負って国内を旅するように。卒業と共に海外へ飛び出した。十八歳、海の外へ――。


青葉緑地


 まず向かったのはシンガポール。世界中からさまざまな人種・民族の集まり行き交う交通の要衝である。ここを拠点に1年弱、ベトナム、タイ、ラオス、インドネシア、オーストラリアなど近隣諸国を歴訪。

 シンガポールは空路入国すると1ヶ月間、陸路入ると2週間のビザが発行される。そこでテキーラさん、2週に1度お隣マレーシアへ出国し、ちょっとお茶してからまたシンガポールに戻り……を繰り返してビザを延ばしていたところ、ついに7度目くらいに麻薬の運び屋と間違われて捕まってしまう。


●インドネシア〜ニューギニア〜ケアンズ

 理由(わけ)を話すと辛うじてあと1週間だけ国内滞在の猶予をくれた。しかし1週間のうちに部屋と家財を処分して出国せねばならない。まさしく追い立てられるように荷物をまとめ、期限ギリギリ最終の船便でインドネシアへ渡った。


 ここからインドネシア一周の旅を始める。ところが途中のバリで今度は詐欺被害、所持金全てを騙し取られる絶望的事態に見舞われる。だが旅慣れたテキーラさん、スニーカーの裏に非常用の3万円を忍ばせてあった。

 持ち金はこの3万円が全て。日本へ帰るには6〜7万円は掛かる。帰れない。検討の末、パプアニューギニアから豪州ケアンズまでの飛行機代が3万円であると知り、渡豪した後に現地で費用を稼いで帰国するプランを立てた。次の目的地はパプアニューギニアである。


 ヒッチハイクを重ね、2か月掛けてインドネシアを抜け、パプアニューギニアへ入国。と、今度はマラリアで倒れてしまう。インドネシアで罹ったものが潜伏期間を経て発症したのだ。

 ヒッチハイクの車を降りた途端に倒れ、車の持ち主である麦藁帽子の男の家に担ぎ込まれて、そのまま床(ゆか)の上で病臥3週間。

 貧しい国の貧しい人々に「助けられどおしだった」とテキーラさん。週に一度、コンビーフの缶詰を食べるのが贅沢という彼らは皆やさしく、身振り手振りで意思を伝えあった。

 治癒の後、計画通りにニューギニアを横断してやっとオーストラリアへ。所持金は使い果たした。ところが仕事の口が見つからない。困って野宿していると通りがかりの兄ちゃんに「泊まれよ」と誘われ、さらに彼らが働く肉牛の解体工場での日雇いの仕事を勧めてくれた。


●解体工場〜帰国〜配膳〜パン屋

 ケアンズの南、約100km。"Innisfail"(イニスフェイル)という町の外れにその工場はある。新米はまず内臓を漂白剤で洗う作業から。駄目な人は全く駄目な仕事であるという。工場一帯に漂うニオイを嗅ぐだけで嘔吐する人すらいる。しかしテキーラさんはたまたまイケる口だった。この仕事で牛の捌き方を学ぶ。


 牛肉工場だけに社員食堂のステーキの類が滅茶苦茶安い。しかしこれも食べられない従業員は食べられない。だが「こんな旨いものがこんな安く食えるのか」とテキーラさんは感激、週に4日か5日はステーキを食べていた。これがテキーラさんにとっての牛肉との出合いである。

 気が遠くなるほど単調かつヘヴィな作業だったが、その分給料のイイ仕事で、ひと月半ほど働いて旅の資金を稼いだ。3月末にシンガポールを退去したのから数えて半年弱、日本に帰国したのは同じ年の夏のこと。しかし静岡には戻らず横浜で仕事を始める。もう一度渡航する気でいたのだ。

 中国語が使える強味から中華街で働くが4日で退職。次にみなとみらいのインターコンチネンタルホテルで配膳の仕事に就く。この仕事は面白く、接客の基礎を徹底的に学んだ。この時教え込まれたことは今も飲食店経営の根底を成しているとテキーラさん。

 さらに近所のパン屋のオープニングスタッフになったところ、開店一週間で店主が倒れて入院。枕頭に呼ばれて後事を託され、店主不在の1ヶ月余りをズブの素人だけで乗り切るという変わった体験をした末に、再渡豪。


●パース

 ケアンズで四駆を買い、4か月かけて豪州大陸一周、西部の大都市・パースに落着く。パースでテキーラさんは初めて調理の仕事に就いた。バーテンダー志望でレストランに入るも厨房の人手が足りず、皿洗いとして突っ込まれたのである。


 しかしやってみると酒を作るより面白い。スタッフもマレーシア、フランス、日本、韓国、料理長はイタリア系と、実に多国籍。厨房内のポジション争いは刃物も飛び出す激しさだったが、手先が器用なテキーラさんは重宝されて焼き場にまで昇進した。「テキーラ」というあだ名はこの時ついたもの。

 働いていたのはフレンチをベースにしたレストランだったが、食べに通ったのはアメリカンダイナーだった。アメリカンに惚れたのはそのパースのダイナーがきっかけ。パンケーキにソーセージ、ベーコン、目玉焼きといった朝食のスタイルが何ともカッコ良かった。働いていた店とはまさに対局の盛り付けである。

 ワーキングビザの延長が認められず、1年余りを過ごしたパースを出て再びシンガポールへ。次は西へ進んで欧州への長征を企図したが、インドのニューデリーまで来た辺りで資金が僅かとなり、ヒマラヤの麓をかすめて帰国。13年前のちょうど8月のことである。


●左官

 今度は何か一人前の知識・技術を身につけてから渡ろうと計画。料理の道へ専念することを考えるが、その前に「自分で家を建てる」ことに興味を抱き、「左官」の求人に応募。これがまた面白くってハマり込んだ。自分の仕事が「のこる」という誇らしさ。新東名の建設工事にも携わった。


 5、6年やって一人親方として身を立てるかどうか……という判断の時機に、悩んだ末、飲食を選んだ。左官屋と飲食業の決定的な違いは「仕事の評価がすぐに返ってくること」とテキーラさん。

 静岡県内の2、3の飲食店で働き、日本の厨房を初めて経験。2007年4月に「Thirsty Tequila's(サースティーテキーラズ)」をオープンさせる。今の店舗の一本裏の通りにある12人で満席の狭い店で、メインはハンバーガー。テキーラダイナー開業後も並行して開けていたが、2011年いっぱいで営業を終了。今は燻製などの作業場として使っている。

 ようやく店の話に辿り着いた――テキーラダイナーは2010年8月10日のオープン。内外装の工事にはテキーラさんはじめ左官時代の仲間が大挙集結した。サースティーよりウッディでウェスタンな内装。オリーブグリーン(うぐいす色)のベロアを張った特注のボックスシートが自慢だ。

 炭火で焼いたステーキ3品はじめメニューが豊富で多彩。ドッグ5品、ライス5品、スープも5品、サラダ7品。カウンターに備え付けられた冷蔵ケースにはベーコン、ジャーキー、ロースハムその他、自家製の燻製肉が並ぶ。


●5種類の部位

 そしてハンバーガーは18品、ステーキを挟んだサンドが2品もある。中からオーセンティックチーズバーガー¥1,100。


 一大産地・豪州で肉牛を捌いた経験を持つ男の店である。厚さ3.5cmのTボーンステーキを週に4日も5日も食べていた男の作るハンバーガーである。これは一目も二目も置かねばなるまい。

 牛は解体すると100の部位に分かれるとテキーラさん。パティを作る上で最も大事なのはステーキにも勝る部分を使うこと。それぞれ"担当"する役割・機能の異なる5種類の部位を巧みに組合わせたビーフパティは豪・米・日の3ヶ国に産地が跨る多国籍。

 サイズは4分の1パウンド、113g。表面をまず強く焼き、後は炭の余熱でじっくりと焼き上げる。中は強く赤味を残す焼き加減。もちろん焼けていないワケではない。

 まずギュッとよく締まった肉粒感(にくりゅうかん)で食べさせるパティである。目は詰まっているが、やわらかい。ステーキ肉のようなおいしさ。炭火で焼いたコゲの苦味がよく利いた「苦み走った」パティである。そこにバンズの甘味が上下から甘く包み込む。上からぶすりとスキュア。


 私はこのロールパンのように甘いバンズを残念に思う。コゲの苦味と甘味ではまるで逆方向。味わいを複雑に、難解に、取っ付きにくくしてしまっている。「肉」でこれだけ話の筋が通っているのだから、バンズは邪魔さえしなければそれでよい。オニオン生の、レタス多め。ポテトにもシーズニングがかかり、ガーリックの後味を残す。

 しかしこれだけ肉に力を注いだバーガーである。チーズも野菜も要るものかと、最もプレーンな"BEEFEATER(ビーフ・イーター)"¥1,000というメニューが実はテキーラさん一番のオススメ。次の記事で紹介したい。

§ §

●真っ当な肉を食え

 メニューやロゴマークなどがどれも立派。手間も暇も掛けて作ってある。テイクアウト用のパッケージも↑写真の通り、都内でも見ないくらいのセンス。

 若いうちはもっと働いて肉を食え――脂を食べても力は入らない。もっと真っ当な「肉」を食え。肉を食って、そしてもっと働け――これがテキーラさんが語るテキーラダイナーのコンセプト。その言葉の意味はテキーラさん自らが身をもって示しているところのものである。

 波乱万丈の旅の末、テキーラさんが始めたテキーラダイナー。自慢のビーフパティと同じく、テキーラさんの前半生のあらゆる"旨味成分"がギューッと詰まった一店だ。


# Tequila's Diner [静岡] のダーティーテキーラズ
# Tequila's Diner [静岡] のテキーラバーガー
# Tequila's Diner [静岡] のBEEFEATER

― shop data ―
所在地: 静岡県静岡市葵区七間町8-6 ACTビル1F
    JR静岡駅歩10分 地図
TEL: 054-255-7595
URL: http://notequila-nolife.com/
オープン: 2010年8月10日
* 営業時間 *
月〜土: 12:00〜14:00LO, 18:00〜23:30(フードLO)
日・祝: 12:00〜23:30(フードLO)
定休日: 年中無休(要確認)

2013.8.22 Y.M
posted by ハンバーガーストリート at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 東国編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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