豊中市、それも「東豊中(ひがしとよなか)」と言えば、大阪を代表する高級住宅街の一つである。日本初のニュータウンである千里ニュータウンの一角にあって、高度経済成長期の1960年代よりステータスのある土地だ。大豪邸を囲む高壁が延々と続く通りもあり、緑豊かな公園も多い。
そんな千里ニュータウンの南端の、街中よりやや外れたところにあるハンバーガーショップがコノ店、NICK&RENEE(ニック・アンド・レネイ、以下「N&R」)。どこの駅からも距離があるが、公式サイトでは北大阪急行の桃山台(ももやまだい)を最寄駅の筆頭に挙げている。なお桃山台は吹田市の駅である。
店主・林さんのハンバーガーとの関係には、途中"三度"の転機がある。最初の出会いはモスバーガーだった。
●モスバーガー
会社勤めをしていた頃、営業で回った先にモスバーガーのフランチャイジーをしている経営者がいた。林さんはその人に引き抜かれた。と言うより、「コノ人のもとで働きたい」と強く思った。吹田市内のモスバーガーでのことある。
モスバーガーすばらしい! ――オーナーの人柄もさることながら、林さんはモスそのものにゾッコン夢中になり、「モスの中で一番になってやろう」と思い立って我武者羅に働いた。
その結果、大阪府内で売り上げ「2番」を記録。梅田やなんばの繁華街とは条件が違うので、さすがに「大阪一」とまでは行かなかったが、しかしそのハンデがあるにも関わらず、1番まであと一歩に迫る「2番」という好成績を上げたことには、きっと蓮舫さんも満足したに違いない。店の売り上げは2番でも、作るスピード・包むスピードにおいては"自称"1番を豪語する。
そうこうするうち、気が付けば8年……。
モス8年間の後半は独立志向だった。しかしモスのままでは独立出来ないと、一度退社。そしてフレッシュネスバーガーで加盟店のオーナーをすることになった。今度は大阪市内でである。
●フレッシュネスバーガー
フレッシュネスバーガーでは7年。林さんは計3店のオーナーになった。そのうちの一店は心斎橋の「アメ村」と呼ばれる一帯、現在「CRITTERS BURGER」が在る、すぐ近くの店である。
郊外から一転、大阪の中心へ、しかも繁華な心斎橋界隈へと進出した林さん。人の多さも賑やかさも桁違いに違う。ここならモス以上の勝負が出来るだろうと期待に胸を大きく膨らませて臨んだものの、予想外の苦しい戦いを強いられることとなった。
当時フレッシュネスは大阪に3、4店しかなく、モスとは比較にならぬほど知名度が低かった(2013年1月時点でも6店)。一定の認知を得ていたモスバーガーと違い、フレッシュネスバーガーは、まずその名を覚えてもらうところから始めねばならなかったのである。
なので林さんは一生懸命に市場を耕した。大阪で一番最初に「セット」を作ったのは林さんである。また現在のN&Rのコンセプトにも繋がる「映画のポスター」を店内に貼りめぐらせたのもおそらく日本で3店だけ、林さんがオーナーのフレッシュネスだけだった。
ところが……知名度の低さという大きなハンディキャップを補うべく、独自の工夫を懸命に重ねていった結果、ついに7年目に本部との間に考え方の相違が生じ、オーナーを辞めざるを得ない状況に陥ってしまう。
大阪市内・府内のフレッシュネスを苦労して盛り立て・盛り上げてきた自負があるだけに、今さら手放しなどしたく無いのは当然の気持ちだろうが、しかし一方で、林さんの思い描くハンバーガーショップの像は、このとき既にチェーン店という堅苦しい規格の枠から大きくはみ出していたこともまた事実だろう。林さんのアイデアと想像力を受け止め・活かすのに、チェーン店という受け皿はあまりに小さ過ぎた。次なるステージへと進むべきタイミングは時間の問題、林さんのすぐ目の前にまで迫って来ていたのである。
●不確かな確信
辞める直前、「どうしようかなぁ〜」と深く思い悩んでいた頃、東京に「7025 Franklin Ave.」と「GORO'S☆DINER」という店のあることを知る。
両店はハンバーガーを専門とする、スタンドアローンなハンバーガーショップであり、レストランである。2店の存在を知った林さんは「これからはこういうものが流行るだろう」と確信。東京の有名店2店が、林さんがフレッシュネスを辞める後押しをする格好となった。
スタートはモスバーガー8年。次いでフレッシュネス7年。1年のブランクを経て、2009年の9月にいよいよN&Rがオープン。
1年掛けて準備した――。
まず近畿・東京のハンバーガー店を巡って方向性とメニューを決めた上、次いで物件探しに取り掛かった。大抵2、3ヶ月は掛かる、地道で根気の要る作業である――ところがこれが僅か1週間で適当な物件が見つかってしまう。なので逆に慌てた。
駅まで徒歩25分。しかし自宅からは自転車で3分。その通勤の便が何よりの魅力だった。そして「この通り(道筋)なら成功するやろう」という「不確かな確信」を覚えたと林さん。
前は設計事務所だった、厨房設備の一切無い物件である。隣はケーキ屋だったが、今はお好み焼き屋に変わっている。
●ニックとレネイ
店内はフレッシュネス以来のトレードマークである、映画のポスターやグッズが多数。限りなくアメリカ映画で統一されている。店名はハリウッド俳優2人の名からとった。それしか思いつかなかったという。
「ニック」とはニコラス・ケイジ。『リービング・ラスベガス』から好きになったと林さん。ちなみに私は同作を全く買っていない。あんなアル中の映画、どこがいいんだか……。
「レネイ」はレネー・ゼルウィガーのこと。『ザ・エージェント』で注目し――これは私も賛成する。実に気持ちの好い、さわやかな映画である――『ブリジット・ジョーンズ』で確定。茶目っ気のある、男性を立ててくれる人との林さん評。二人には「いずれ来てもらう」つもりで(笑)、既に夢の中では「2度」大阪を案内している。
世間に先駆けてフレッシュネス時代より続けているもう一つの取り組みは、店内BGMを自分で選曲すること。流れている曲は有線などでは無く、全て林さんの選曲である。
さらにもう一つ、「先取りの店」という点を言えば、「直火のグリルを使っている」ことが挙げられよう。
以前京都の「THE BURGER COMPANY」の記事で書いたが、炭・ガス含め「直火」でグリルしている店は、私の知る限り、近畿には意外とまだ少ない。多くの店は平らな鉄板の上でパティを焼いているのである。
さて、1年を掛けて着々と準備を進めた自宅から3分の店――いざ開けてみると、これが悪戦苦闘の連続である。
フレッシュネスオープン時の思いと同じ、「こういう形式のハンバーガーが根付いていないのを痛感した」と林さん。世に「グルメバーガー」などと呼ばれる、一つ千円近くするこうした専門店のハンバーガーは、東豊中の人たちにとってさえフレッシュネス以上に受け入れ難い存在であり、値段であったワケである。林さんはまたイチから耕さねばならなかった。
●直火のグリルと電子イオンシステム
苦労は今なお続くも、売り上げはどうにか右肩上がりに。馴染みの客も徐々に増え、「今はここでよかったと思っている」。そんな林さんがニックとレネイに食べさせたいハンバーガー類は全19品。ドッグ4品。ポテトは自家製。
チーズバーガー¥1,080。冒頭の写真は積み順を変える以前のもので、下の写真が今のもの。現在タルタルソースはチーズの下に位置する。
肉は当初からA4ランクの黒毛和牛を使用。120g。昨年の『カラミティ・ジェーン』の際には初めてUSビーフを使用した。粗挽きの一度挽き。これをガスの直火で焼いている。ややコゲめの、しっかりとした焼き加減。芳ばしいコゲの味とイイ肉の味がする。食べ口も好い。硬過ぎず、スッと口に入る。肉の味が濃厚。和牛特有の豊かな脂を含んだパティだ。
淡路産オニオンもグリルド。なのでハンバーガーの中全体が温かい。甘味と歯応えが気持ち好く、食べやすい。厚めに切ったチーズがねっとりミルキー。その下にスイートピクルスを刻んだ特製タルタルソース。
バンズは北摂で有名なベーカリー、「ア・ビアント」製。甘味の少ないバンズで、中身に対して「ぼんより」と少し大きく、スポンジ質でややドライ。自慢の黒毛和牛パティにこそ主役を張らせたいワケだから、バンズにここまでの量・大きさ・存在感を与える必要は無いだろう。
野菜は「電子イオンシステム」という装置で処理した水に一度漬けて洗浄、殺菌。ポテトは「日本で唯一電子イオン処理をした油を使って揚げた、自家製ポテト」と林さん、またも豪語。ヒール(下バンズ)にマヨネーズ。
●カフェもバーガーも一流
タルタルがやや多いか。これでは肉がタルタル味になってしまう。
ハンバーガーにタルタルソースを入れる理由は、恐らくサンドイッチ的なアプローチからだろうと私は考える。サンドイッチの中の潤滑油として少量のタルタルの存在が機能するワケだが、一方でステーキや焼いた肉の料理を考えた時、これにマヨネーズやタルタルソースを付けて食べることはまず無い。
なのでグリルしたビーフとタルタルソースが一つバンズの下に同居するのは、それぞれに全く別個の目的と役割があってのことであって、互いを引き立て合うために存在しているようには私には思えない。さらに言えば、その互いの役割ないし「出番」を互いが邪魔し合ってしまうようでは、席を同じうしている意味がまるで無い。
率直に、余計な味が、無くても成立する味が少し多いように思う。濃い味が集まっている。しかしその一方でN&Rは「積み上げることで表現」する店であるとも言えるだろうか。「僕が焼かないとN&Rじゃない」「コノ味は私にしか焼けない、出せない」と林さんが言い切るN&Rのハンバーガーは、その言葉通り、直火で焼いた肉の味がどっしりと中央に据わった、ガッチリと逞しくも頼もしいハンバーガーである。生ビールは¥380。
§ §
L字のカウンターの一方が焼き場で、もう一方にはSaeco(サエコ)のエスプレッソマシンが置かれている。電子イオン水とLAVAZZA(ラバッツァ)の豆で「ウチの嫁さん」が淹れるホットのカフェラテ¥400は、実に味わいなめらか。カフェ部門とハンバーガー部門、どちらも一流のものを出したいと林さん。シェイクは6品、スムージー4品。
日本一のモスにしようと勇躍し、大阪でほぼ無名に近かったフレッシュネスで7年にわたり腕を揮った――そうした人だけが持ち得る、ハンバーガーを焼くことの「矜持」のようなものが伝わってくる、そんなハンバーガー。そしてショップ。週末はもちろん平日の夜も、ハンバーガーとビールで映画に乾杯! そして食後にカフェラテを忘れず――。
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― shop data ―
所在地: 大阪府豊中市東豊中町6-1-11 たかみビル1F
北大阪急行 桃山台駅より阪急バス
「東豊中団地前」もしくは「熊野町西」下車5分 地図
TEL: 06-6857-0085
URL: http://nickandrenee.boo.jp/
オープン: 2009年9月22日
* 営業時間 *
平日: 11:00〜20:00(19:45LO)
土日祝: 10:00〜20:00(19:45LO)
定休日: 火曜日(※要確認)