思い起こせば昨年冬、カラミティ・ジェーン・バーガーの過酷な遠征取材の最中だった。兵庫・西宮の「Esquerre」からその日の4番目にして最後の目的地である滋賀・大津の「AUNTY-MEE burger」へ大移動を遂げると、夜遅くであるにも関わらず、私の到着を待っていた人が居た――それが山本さんとお目にかかった最初である。
そのふた月前、山本さんは京都市内にバーガー店をオープンさせたばかりだった。その店の評判はその後高く、「いま京都で最も注目される店である」といった噂もよく耳にした。それがTHE BURGER COMPANY(バーガーカンパニー)、「バガカン」である。
●北山
噂のバガカンとは果たしてどんな店なのか――。
場所は北山。京都市内でもちょっとオシャレな街として知られる場所である。がしかし、店主・山本さんによるとそのブランド力も今は昔。地下鉄烏丸線の北山駅開業に合わせて開発が進み、服屋や雑貨屋、カフェなどが北山通沿いに相次ぎ出来て注目を集めたのは20年以上も昔の話。
これといった観光スポットも無いため、今は訪れる人も決して多くはなく、用があるとすれば府立植物園か、マールブランシュか、進々堂か、若しくは……という、その北山の主要な目的地の一つに数え上げられる老舗カフェ「Cafe Salon」の真向かいが、バガカンである。
●ピザ屋→工務店
北山通から一本入ると商店や住宅の合間にまだ畑が残っている。コノ店の横手も畑である。裏手は田んぼである。玄以(げんい)通の向こうには、北山の山地が望まれる。
何であれ、そんな北山というエリアが好きで、この場所を山本さんは選んだ。さらに言えば「この物件が気に入った」のだと山本さん。
レンガタイルを張った洋風な意匠のビルディング1階。前は雑貨屋兼工務店、その前はピザ屋だった場所である。床や厨房はピザ屋の時代のもの。
以前は工務店だったと言っても、さすがは北山、只の建築請負業ではない。少しフレンチなセンスを持った店だったという。エントランスに始まり、表の引き戸、天窓、オシャレなタイル張りのトイレなど、過去2店の遺産を譲り受けて、トラットリア風なセンスの好いハンバーガーカフェを造り上げた。
テーブル12席。カウンター5席。赤いオーニングの下にテラス4席。店内の椅子は英国より輸入のアンティーク。ドリンクが充実しており、昼間はカフェ使い、夜はイタリアの"PERONI"ほかボトルビール16種類などを飲みながらディナーを楽しむことが出来る。
●カイロ→ベルガモ
山本さんの経歴がまた相当ユニークだ。
19歳のとき、調理師学校の卒業を控えた就職活動中に、「エジプトどうや?」と先生から勧められた。エジプトの首都カイロで寿司を握らないかというのである。
勧められるままエジプトに4年。日本の4分の1という低物価を駆使し、ワケも分からぬままとにかく食べ歩いた。美食修行といったところである。このとき「ちゃんとしたイタリアン」を初めて食べた。そして感動した――「何やコレは! これがイタリアンなのか?!」。京都には本格イタリアンがまだ2店ほどしか無かった時代である。
帰国して日本に4年。イタリアンなどでバリバリ働き、再び海外へ。いよいよ次がイタリアである。北部の都市ベルガモで2年働いた――まるで『007』シリーズのようなロケーション展開である。
●Menya
そして帰国後の2005年5月、二条駅近くに「Menya(めんや)」という手打ちパスタの店をオープンさせる。
今年で8年目。当時としてはめずらしい、先駆的なスタイルの店だった。本格スパゲッテリアなのだが、飽くまで敷居は低く、パスタだけの食事も出来る入りやすい店を目指した。店名も最初は平仮名で「めんや」。
この店が大好評を博し、次に始めた2店目が……なぜかハンバーガー。「ただ好きなだけ(笑)」と山本さん。
ちなみに山本さんが滞在していた当時、エジプトにマクドナルドは無かった。そこへ上陸してきたアメリカのファストフードチェーン"Arby's"のサンドイッチが「めっちゃうまくて」感動! さらに帰国後、モスバーガーが「ニッポンのバーガー 匠味アボカド山葵」を発売。「モスで千円でどない?」と思い食べてみたところがこれまた感動! ナイフとフォークが出て来る!
以来「旨いハンバーガーがあるんや」という発想が頭のどこかに常にあり、しかし当時京都にはそうした店は無く、となれば必然自分で作って食べていた。それが高じてついに店を出すに至った――という経緯である。
●炭火焼き
ワールドワイドなキャリアを持つ山本さんだけあって、作るハンバーガーの"イメージ"も変わっている。「バーガー好きのフランス人シェフが、パリの街角で作ったハンバーガー」というのがコンセプト――イタリアンの出身なのに今度はフランス(笑)?
本場アメリカンなハンバーガーでは無く、ヨーロピアンなバーガーなのだという。肉に対する味付けも当然違ってくるだろう。変幻自在な山本流を楽しみたい。
バガカン最大の特徴は炭火を使っていることだ。チャコールグリルのハンバーガー店は近畿圏ではめずらしい。他に一軒あるか無いか……というぐらいかも知れない。稀少な存在である。山本さんのやることには常に先取の感覚がある。
その自慢の炭火で焼くハンバーガーは全18品。チキンバーガー2品。近日ディナーメニューでビーフ、ポーク、チキンのグリルも始める予定。サンドイッチもスタート予定。ますますメニューが充実する。
まずはチーズバーガー¥980。上から順にクラウン(上バンズ)、トマトソース、チーズ、パティ、スイートレリッシュ、オニオン、マスタード、トマト、レタス、タルタルソース、ヒール(下バンズ)。
パティは100%有機栽培された飼料を与えて育てたオーガニックビーフ使用。140g。タマネギ等のつなぎが入り、味付けがされている。これを炭火のグリルで丹念に焼く。焼き方はミディアムウェル。グリルには木炭に加えヒッコリーとサクラのチップ。立ち上る煙が肉に香りを付ける。
●自家製トマトソース
バンズは聚楽廻西町の名店「ラ・モワッソン」作の天然酵母グラハムバンズ。小ぶりでコンパクト。クラウンが形のよい曲線を描く。
やわらかなバンズなのだが、パティの食感と今ひとつ合っていない。炭火で焼いたしっかり硬めなパティなので、その食感を考えた食べ口にすると、特徴が際立ってさらにおいしくなると思う。
「ケチャップは使いたくなかった」という理由により自家製のトマトソースが入る。クローブがよく利いた甘いソースで、その甘い酸味が食欲を大いに増進させて食べやすい。但しパティの味わいはこのソースの下に隠れてしまう。
バガカンにとってココが選択のしどころ、分かれ目だろう。チャコールグリルの「肉」のおいしさを全面に押し出すなら、炭のニオイ・スモークチップの淡い香りを打ち消すトマトソースにそこまで頼る必要は無い。そうした意味ではソースの入らないペッパーバーガー¥930の方が炭火の特徴がよく出ている可能性が高い。
またトマトソースに代表される細やかな味付け・独自の工夫を売りに出すなら、扱いの難しい炭に固執する必要も無いように思う。「どっちも」という選択は最も難しく、かつ問題をややこしくさせる。
とろけ方の程好いチーズはゴーダ。オニオンはグリルド。辛味と甘味、どちらも持つ程度の火の通し加減。甘いトマトソースの味わいを中心に、ないしは原動力に、東京的なハンバーガーに近いまとまりの良さと質の高さを見せる一品。良質である。
●夜のバガカン
チャコールグリルをはじめいろいろな「武器」と「引き出し」を持った、期待と話題性の高い店である。
平日限定のバーガーランチはポテトやサラダ・ドリンクが付いて¥880〜¥1,080。8月半ばから営業時間を夜11時までに大幅変更。ディナータイムを充実させるべく、ドリンク&フードメニューを大胆かつ魅力的にてこ入れ中だ。おいしいイタリアワインなども置いて欲しい。炭火でしっかり焼いた肉にはタンニンの強い赤ワインなどよく合うだろう。
§ §
「GRAND BURGER」の回にも書いたように、京都の街自体、ダイナーやカフェ・バーでは無くて、ハンバーガー「が」メニューのメインに据わる、ハンバーガー「の」専門店はまだまだ数が少ない。いまだ分野として確立さえさえていないというのが現実だろう。
京都という街は新しいことを受け入れてもらうのに時間がかかる。特に北山はその傾向が強い――これは山本さんの分析である。時間がかかるのは確かなことだが、しかし是非とも"この機"に"一気"に、ハンバーガーの真のおいしさと楽しさ・喜びを京都の街に広めて欲しいと思う。有望な店が揃った今こそその絶好のタイミングであると私は思っている。機は熟した――後は迷わず前進あるのみ!
― shop data ―
所在地: 京都府京都市北区上賀茂松本町15 ニュー北山ビル1F
地下鉄烏丸線 北山駅歩5分 地図
TEL: 075-791-1727
オープン: 2011年10月5日
* 営業時間 *
月〜土: 11:30〜16:00(15:30LO), 18:00〜23:00(22:00LO)
日・祝: 11:30〜21:00(20:00LO)
定休日: 火曜日(要確認)