2011年11月12日

# 276 OX Diner [名古屋・新栄町]




 3月11日金曜日に発生した東北地方太平洋沖地震、ならびにその後も起き続ける余震におきまして被害に遭われた皆さまに、心よりお見舞いを申し上げます。

§ §

 縁は異なもの……とは男女の間でいう言葉か。まぁでもよし。中学高校来の友人HGが今は名古屋に勤務していて、その職場のすぐ近くにある「週に一度は昼を食べに行く店」というのがこのOX Diner(オックスダイナー)なのである。ハンバーガーのことがずっと気になっているものの、行くたびいつも日替わりランチばかり頼んで、ついぞバーガーを食べたことがない。そこで探偵さん、ぜひ調べて下さい――というのが依頼の内容。

●清洲越し

 HG曰く、店のある東区東桜(ひがしさくら)――駅で言うと東山線新栄町(しんさかえまち)ほか――はお寺が多く、それゆえ町並みも寿司屋とか、とんかつ屋とか、割烹とか、そんな店が多い。だからコノ店は存在自体がそもそも異質なのだと――。



 そう言われて調べてみると、確かにまぁ〜あるわあるワ! 桜通と広小路通の間に挟まれた一帯をザッと挙げても、妙本寺、慈眼院、大法寺、安斎院、寿林寺、玄周寺、浄蓮寺、法輪寺、梅屋寺、本要寺、照遠寺、壽元寺、含笑寺、西蓮寺、法華寺、妙泉寺、真柳寺、宗圓寺、本住寺、永安寺etc.....。

 ナゼまたこれだけの寺が……とさらに調べると、当然理由(わけ)がある。


 名古屋城の築城に伴い、慶長17年(1612年)頃から元和2年(1616年)までの間に、清洲から名古屋への都市の移転がおこなわれたという。つまり城下ごとごっそり引越しさせられたということで、これは「清洲越し」と呼ばれている。

 この引越しにより移転させられた一部が上記の寺々なのだが、しかしこれだけの寺がなぜ「かくも集中して在る」のかと言えば、他でもない、城の「防備のため」である。こちらのサイトには「城南は万松寺などの南寺町50ヶ寺(中区大須)、城東は東寺町(東区東桜)40ヶ寺が駿河街道(平針街道)の守りを固めた」と説明されている。

 中でもちょっと目を惹くのが含笑寺……ふくみわらいでら? 音読みそのまま「がんしょうじ」で良いのだが、その変わった寺名に因み「含笑長屋」なる寄席昭和42年から催されているという。調べてみるものである。

●赤い窓枠

 そんな場所にあるのがコノ店。国道153号線沿い。錦・栄などの繁華街を過ぎた先の、やや落ち着いた場所にある。オープンは2009年の11月。なのでもうすぐ2周年。


 以前は靴の卸売り業者が入っていたというコノ建物を社長が気に入り、立地の不利を押して店を出した。

 確かにそこまでして気に入るだけの物件である。スレートの波板を張った倉庫風2階建て。社長お気に入りの「赤い窓枠」をそのまま残して、白と赤を基調にしたファサードを造った。白い扉を開けると、目の前にいきなり階段。2階は生活雑貨&アンティーク「more more(もあもあ)」として使っている。屋根に天窓。OX Dinerは1階。階段を取り巻くように左右対称にホールが配され、席数28。


 「女性にも入りやすく」が店長・牛久保さんの奥様、明日香さんの目指すところである。椅子の張地には「Sekky's」や「BIG BEN DINER」のような鮮烈な赤ではなくパステルカラーを選び、ズシリと重たいミルクシェイクマグをはじめ、ユニークな食器・小物を随所に使っている。

 中でも印象的なのが、カラフルなメラミン製のフォークやスプーン。明日香さんが「金属類が苦手」というのが採用の理由なのだが、そんな消極的な事情をプラスに転じて余りある、遊び心あるセレクトだ。

 壁のプレートは正直やり過ぎに思うが、しかしそのいろどりも手伝い、何ともポップでにぎやかな店内になっている……とまぁ、ここまではよい。しかし、こ……こんなところで友人HGはじめ世のサラリーマンたちが昼を食べているのか。ネクタイにスーツ姿のサラリーマンたちが、ココで……。

●街の食堂

 むしろ"その使われ方"こそがコノ店の真骨頂たる、「肝」の部分である。


 "diner"とは、すなわち「食堂」である。

 飾らず気取らず、日常気軽に利用できる、食事ができる。ヨソ行きにまではならず、ちょっとした気晴らし・息抜きの場。文字通り昼の休憩の場――毎日の生活の中に根差した、そうした「食事処」としての役割を果たしているのがコノ店であり、友人はじめ近隣オフィスではたらく会社員にとっての言わば「社員食堂」の役目を担っているのが、このオックスダイナーなのである。

 だから店構えや外観云々以前に、既にコノ店は実に"diner"らしく機能していると私は思う。趣味や嗜好で訪れる店ではなく、純粋に食事をする場。休息の場。街中の、オフィス街の食堂。

 お寺ばかりの古い町並みに出した立地的な不利はよく理解している。だから「場所に合わせてメニューを作ろう」という大前提があったと明日香さん。お客さんの要望に限りなく応える姿勢でこの2年間、店は成長と改良を繰り返してきた。多彩なメニューは言わばその履歴書である。


 その構成はファミレスに近い。ハンバーグだけで9品。パスタ7品。カレーライスにハヤシライス(ポーク)、オムライス、タコライス、ロコモコ、ジャンバラヤ。さらにはチキン南蛮、とんかつ・みそかつ(笑)、からあげ、ミックスフライ等の定食もの……。

 店構えに反し、メニューは「アメリカン」の範疇から完全に外れている。書いたように、ほとんど「ファミレス」である。しかし、食べたいものが揃っているからこそ、行けば何かしら食べたいものにあり付けるからこそ、コノ店は使い勝手の良い街の「食堂」として評価されているのである。

 そんな中、ハンバーガーのポジションが面白い。

 メインの客層である男性からは、昼はとにかくボリュームを求められる。なのでコノ店のメニューはどれも盛りが実に良い(笑)。盛り沢山。行けばお腹いっぱい。だからまた行く。

 何を頼んでもボリューミーなメニューの中にあって「女性が食べられる軽めな食事」というのが、コノ店におけるハンバーガーの位置付けである。なので敢えて重く大きくしないように作っているという。要は軽く。ワンハンドで食べられる、ライトなミール。

 女性客にとっての逃げ場的メニューといったところ。「男性=ボリューム=ごはんもの」に対し「女性=健康的=パン」という図式だろうか。パン食ならサンドイッチでも良さそうなものだが、しかしコノ店にはサンドイッチは無い。やめてしまったそうである。だから女性向けメニューの代表選手をハンバーガーが務めることになった。

●女性のための

 バーガー8品。鶏魚の使用ナシ。最もプレーンなOXチーズバーガー¥900。ポテトはポピュラーなシューストリング(フライド)、ベイクド、マッシュを丸めて揚げたポムポムポテトの3種類から選べる。この辺も女心をくすぐるひと工夫。

 パティはハンバーグプレートに使うものと同じ、つなぎありのハンバー。ゆえに迫力不足は否めない。100g。


 バンズは地元名古屋では有名な永楽堂製。しっかりとした食べ口の硬めな生地で、余計な味なく、中身の邪魔をしない食事パン系。この辺は明日香さんの狙い通り。

 ただ形はよろしくない。てっぺんが平らなのもいただけない。もう少し丸く可愛く膨らんでもよいだろう。永楽堂さんにはもうちょっと頑張って欲しいところ。それと上(クラウン)を薄く切り過ぎである。下(ヒール)が碁石の碁笥(ごけ)のようになってしまっていて、不恰好。これは店の側で直せる事項。

 と言うか、店が出そうとしているモノより小ぶりな想定なんだと思う。永楽堂さんの意図するバーガーの大きさが。つまりサイズが合っていないのである。ま、ちゃんと作ってもらうべきですな。サイズに合った良いバンズを。

 味付けはパティに振った塩コショウのみ。シンプルで後味さっぱりなバーガーである。オニオンは入らないばかりか、トッピングにも見当たらない。いやいや、優先度で言うならトマト・レタスより、はるかにオニオンの方が重要である。酸味の弱いピクルス共々、味に輪郭を持たせる工夫は必要だ。

 「女性に向けた」という基本作戦は尊重しつつ、とは言えハンバーガーは自然食や健康食ではないので、その役割ばかりを負わせてしまうことなく、本来のポップでキャッチーな姿をうまく活かしながら、華のあるワクワクするようなハンバーガーを作っていって欲しいと思う。

●OXとは「牛」

 コアなものよりポピュラーなものが求められる、そんな場所柄。しかし際限なく、客の求めに闇雲に応じ続けたなら、単なる「なんでも屋」になってしまい、わざわざ「あの店へ行く意味」が失せて、その他多くの飲食店の群れの中に没してしまいかねない――その按配が実に難しいところ。


 だがしかし。「週一で昼を食べに行く」と友人HGに聞かされたときから、何か感じるものがあったのである。友人の性格から推しても、ただ誘ってるワケでは無いだろうと。

 だってスーツにネクタイ姿のサラリーマンが通うような(実際にはそのどちらも友人は着用していなかったのだが)、本来そんな雰囲気の店でも無いのである。その出で立ちはどちらかと言えば不相応(笑)。

 でも実際、週一ランチのローテーションがずっと続いているのだとすれば、その不相応(笑)を超えて惹きつける何かがあるということになるワケで。その「何か」は人によるだろうが、おいしさか、量か、安さか、居心地か。はたまた店長の人柄の良さか――。

§ §

 「場所に合わせる」ことをひたすら貫く店。「お客さんがあるからお店を続けていける」という明日香さんの言葉が、コノ店のメカニズムのすべてを物語っている。

 店名「OX」とは牛のこと。そう、だからこそ、ビーフのおいしさや醍醐味を伝える店であって欲しい――と、これが私からの要望である。年に一度も行けないとは思いますが。ちょっと気にしていただけましたら……。

 あ、でも「含笑長屋」に興味あるんで。次回は軽くお寺巡りもしたいですネ。




― shop data ―
所在地: 愛知県名古屋市東区東桜2-17-9
     地下鉄東山線 新栄町駅歩3分 地図
TEL: 052-936-0093
オープン: 2009年11月30日
* 営業時間 *
月〜土: 11:00〜25:00(LO24:30)
日祝: 11:00〜21:00(LO20:30)
定休日: 第1・3月曜日(要確認)

2011.11.12 Y.M
posted by ハンバーガーストリート at 17:14 | TrackBack(0) | 西国編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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