3月11日金曜日に発生した東北地方太平洋沖地震におきまして、亡くなられた方々に謹んでお悔やみを申し上げますとともに、被害に遭われた方々に心よりお見舞いを申し上げます。
高知のタカシ。さんから「安否を伝えた方がよいでしょう」とアドバイスをいただきまして、取り急ぎ一報ご報告を入れさせていただくことにしました。
私の方は特段の被害に遭うこともなく、無事です――。
当日は吉祥寺の店へ向かう予定でしたが、その支度をしている最中に地震に遭いました。自宅内でです。木造家屋2階。
いつもならすぐ止むはずの揺れがいつまでも終わらず、むしろ徐々にクレッシェンドしてゆきますので、心配の対象が次第に高所に積んだ物の落下へと移り、棚の扉が開くなどせぬよう、部屋中あっちこっち押さえて回ったり、あらかじめ床に物を下ろしたりなどの応急処置で手一杯になるうち、どうにか揺れは収まり、家具やパソコン機器などが倒れたり壊れたりする事態だけは避けることができました。
しかしその後、本震の再来を思わせるほどの余震がなお強く続き、警戒のため、しばらく身動きがとれませんでした。私の現住所は関東南部ですので、衝撃も揺れ方も震源地付近とは比べるべくもないのですが。
本震発生から22分後の15時08分、通信状況の確認のため、友人に送ったメールの内容は「外出は控えた方が賢明かな?」でしたので、この時点で私にはまだ吉祥寺へ行く意思があったようです(なお、災害直後の電話とメールは混雑を生むだけですので、避けていました)。
インターネットで状況を把握しようとしたところが、ある時点から通信が不通になり、ここで初めて自室から出、テレビが置いてある部屋まで行ったところで津波の映像を目の当たりにして、事態の尋常ならざることを知った次第です。
ほどなく都内主要ターミナル駅の状況も伝えられ、外出が一切不可能であることを知りました。もし予定通り吉祥寺へ向かっていたなら、吉祥寺か、またはその途中で足止めに遭い、翌日まで帰宅不能に陥っていたものと考えられます。そうした消耗はどうにか避けられました。
夜は相変わらずかなり寒く、ちょっと戸外に出るだけで体が冷えるような気温でしたので、基本的に家の中で過ごしましたが、ご存知のとおり、深夜に各地で地震が相次いで、一晩中まるで落ち着かない状態が続きました。
良いんだか悪いんだか、日本の家屋は、襖などの引き戸が微小な揺れに対しても敏感過ぎるくらい敏感に反応するように出来ていて、とにかく揺れればすぐにカタカタ鳴りだしますので、そうした揺れ音が一晩中気になって仕方ありませんでした。逆にその音を頼りに身の安全を判断していますから、音楽を流すなどして聴力を低下させるワケにもゆきません。むしろ聴く気になどなれませんでしたが。
布団に横になっている際は、この振動は地震なのか、それとも自分の脈拍なのか判断が付きづらく、何だかよくわかりません。いまだに軽い船酔いにかかったような状態になることがあります。足を踏み出す際、足元がめり込んで部屋が左右どちらかに傾くような感覚が、いまだに少し残っています。まだ酔いから冷め切れません。
その他、私が受けた軽微な影響を……。
実は先週、通信手段をWiMAXに乗り換えたのですね。Wi-Fiルーターを導入しました。地震の前夜にその設定作業をおこない、接続の高速ぶりに満足していたところだったのですが、翌日、地震発生からしばらくして使えなくなり、ネットでの情報確認態勢がとたんに脆弱になりました。
翌12日、本日ですが、これまで使っていたWILLCOMを解約しようとWILLCOMプラザへ行ったところ(実は地震当日も行く予定でした)、「月曜日まで手続きができない」と伝えられました。解約月は使用料が日割りになるため、急いでいたのですが……という、そんな程度です。
§ §
郵便物を出さねばならず――と言うか、出せるうちに出しておいた方が賢明と判断したので――今夜、ゆうゆう窓口まで行ってきました。前夜ほど寒くはなく、まあまあ行動に耐える外気温でしたが、それでも自転車を走らせると耳や顔が痛くなります。
供給力不足の恐れから節電のお願いが出されているため、暖房をエアコンから石油ファンヒーターへ切り換えました(今冬はエアコンで通す試みを続けていたのですが)。今後も停電の可能性は引き続いてありますが、その辺りは覚悟です。
スーパーへ行ったところ、特にパンの棚が空でした。この先、食料品を中心に品切れが続発することも考えられます。予期せぬものを含め、他にもさまざまな不便が起こり得ますが、私が住む地域は特別これと言った被害は受けていませんので、まず問題なく対処できることと思います。
首都圏の混乱はほぼ収束しています。それより何より、被災地の一刻も早い復旧と復興を心よりお祈り申し上げます。
2011.3.12 Y.M