◆ vol.2 ◆
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この「発祥の地の一つ」という、正確を期した几帳面な言い方には好感が持てる。発祥の地などというのは所詮は自己申告、平たく言えば「名乗ったモン勝ち」である。厳密な「一番」を競うことにどれほどの意味があろうか。
幕末以来の軍港は太平洋戦争終結後、米軍による進駐を受け、以来アジア・オセアニア方面に対する重要な軍事拠点として在日米海軍司令部が置かれている。
横須賀が最もにぎわっていたのはベトナム戦争の頃である。死地へと向かう兵士たちにとって、横須賀は最後の安息の地だった。今生最後の平穏を求め、有り金すべてをはたく勢いでこの横須賀での日々を謳歌した。
おかげで米軍基地(ベース)向かいの「どぶ板通り」は空前の好景気で、売上げの札束をドラム缶に積めていただとか、一生何もしなくても暮らしてゆけるぐらいの財をこの一時期だけで成したとか、ほとんど映画の世界としか思えないような桁違いな生き様が、このどぶ板通りで日夜繰り広げられた。港に船が入るたびおびただしい数の米兵が陸に上がり、町の人口は途端に膨れ上がった。
そんな往事の繁栄が偲べないほどに、ココ数年のどぶ板通りの景気は停滞している。
これでは過疎化が進む地方都市の商店街とまるで変わりがない。まず人が居ない――と言っても、日本人が買い物をする商店街はまた別にあるので「人」とはもっぱら米兵のことである。
その頼みのベースは、近年米兵が相次ぎ起こした事件の影響から門限を設け、繁華街の見回りを強化し、外出を厳しく取り締まるようになった。その結果、米兵たちは「うるさい」横須賀で遊ばなくなり、かえって町の不景気に拍車を掛けることになってしまう。
ところが、である。この寒風吹きすさぶ今のどぶ板通りにさえ、ハンバーガーはズルいくらいによく似合うのである。
こうしたメリケン舶来の品や異国の食べ物が、このどぶ板通りにはいとも自然に馴染むのである。逆らえない「空気」を持っている。どぶ板通りに、横須賀の町に、多年染みついた生活臭のようなものである。どぶ板通りのハンバーガーには説得力があった。 (つづく)