●玉原高原
と書いて「たんばらこうげん」と読む。都心からクルマで2時間、標高1300mの高地に位置するスキー場が今回の記事の舞台である。
6〜8月のグリーンシーズン、たんばらスキーパークは「たんばらラベンダーパーク」と名を変えて、首都圏から訪れる観光客で大いに賑わう。
その園内中腹に在るレストハウス向かいの屋台において、「たんばらバーガー」なるご当地バーガーの販売を今シーズンより始めたところ、コレが大変な人気を呼んでいるという。高原のラベンダー畑を背景にビッグなハンバーガー……マニア垂涎モノのそんな絵面の魅力に憑かれて、夏の高原へ急行した。
●どこかミステリアス
関東最大5万株を誇るラベンダー畑が出来たのはスキー場オープンから6年目、平成7年のシーズンから。
ラベンダーと聞いてまず浮かぶのは、はるか「富良野」の風景だろうか。しかしはるばる北海道まで行かずとも、東京都心から片道2時間余の日帰り旅行で丘一面のラベンダー畑に出会えてしまうという、まずそこに「ほぉ!」という「フック」が隠されている――けっこうみんな知らない。さらにラベンダーの原産地は北海道のような亜寒帯ではなく「地中海沿岸」だと知って、ますます初耳な私であった。
ラベンダーという花に対するイメージがどこか「ミステリアス」であることが、これだけ多くの人がこの花に引き寄せられる理由だろう――と、これはレストラン課・勝野課長の説であるが、確かにこの花は常にどこか遠くに咲いているようであり、その存在は非日常的で、どこか謎めいている。但しこの日は「どこかミステリアス」と言うより「間違いなくミスティ」な一日であったのだが……。山の天気は変わりやすく、同日、下界・東京都心では焼け付くほどの炎天下だった。
●冬はゲレンデ
一帯は豪雪地帯である。冬になると下の写真の手すりの高さに達するほどの、軽く200pを越える積雪がある。
と言うことはこのラベンダー畑、ゲレンデの雪が解けてから「種」でも蒔いて育てるのか――などと考えるのは都会モンの飛んだ見当違い。積雪の間、ラベンダーの「木」は深い雪の下で辛抱強く一冬を過ごし、雪解けとともにまたムクムクと空へ向かって枝を伸ばすのである。つまり放っておけば「冬はゲレンデ」「夏はラベンダー畑」と、ひとつ土地を年間通じて苦もなく有効活用出来るというワケだ。
しかし実際にはそこまで簡単にはゆかない。越冬したラベンダーの2割は死んでしまうし、何よりこれだけ広大な敷地の手入れ(つまり「草むしり」)は凄まじく骨の折れる作業である。
ラベンダーの開花時期は本州では普通6〜7月であるが、たんばらは7〜8月。これは本家・上富良野よりも遅い。ちょうど見ごろが夏休みに差し掛かるのが、ココたんばらの「売り」である。今年は7月の3連休辺りが最も花の色が美しかったそうで、私が訪ねた頃には見ごろも終わり、夢に描いた一面のラベンダー畑を目にすることは、残念ながら叶わなかった。2年越しの夢か――。
●十割そばと釜焼ピザ
スキー場の食事とくればカレーやラーメンが定番である。これらのメニューはこうした施設において量を多く供給できる点で適している。ところが同パークは無謀かつ果敢にも、それら王道メニューの合間に手間と技術を要する難度の高いメニューを相次ぎ導入していった。
その筆頭が茹で加減の難しい「十割そば」。この果敢な取り組みは大いに評価され、夏冬通じ全メニュー中ぶっちぎりの、「桁違い」の大ヒットとなった。
さらに生地から作る自家製釜焼ピザにもチャレンジ。特注のピザ焼き釜を屋外に据えて焼き上げる様子も披露しつつ、こちらもヒット。そして今夏の「たんばらバーガー」である。
こうした日帰りリゾート施設の「宿命」として、その滞在時間の短さが挙げられるが、同パークでも入場客の平均滞在時間は1.5〜2時間、その時間内に食事をする人の数と言うと、わずか20%前後に過ぎない。そんな針の穴を通すような条件下、「パクッと短時間で食べられて」でも「しっかりとお腹にたまる」、手軽ながらも「おやつ」でなく「食事」として見なされるメニューの登場が待たれていた。ハンバーガーはそうした要件をまさにぴたりと満たす食べ物だったのである。
●たんばらバーガー
たんばらバーガー¥550。地元産の銘柄肉に、毎朝カゴで届けられる地物の新鮮野菜を使い、バンズ自家製、パティ自家製、ベーコン自家製、そしてタルタルソースも自家製と、手間暇掛けまくって作った労作がたったの550円! ――お買い得である。
しかもびっくりするぐらい巨大……なのだが、しかしこのバーガー、「バンズ150g」という量の設定にまず根本的な問題がある。対するパティは100g――バンズに中身が完全に負けてしまっており、終始パンを食べ続けている印象ばかり残る。「お腹いっぱい食べて欲しい」という親心ゆえのボリュームではあるのだが、しかしその親心、バンズではなくパティに向けて欲しいところ。
自家製バンズは作れど数が追い着かず、土日はオーブン1日5回転超! 五穀とクルミを練り込んだ生地は息が出来ないくらいに緻密でムッチリとしている。もう少し目が粗い方がハンバーガーのバンズらしいだろう。「パン」として食べると抜群においしいのだが、バンズとしてはやや高級に過ぎるのだ。
パティはビーフでなく、ポーク。この時点で「ハンバーガーではない」というジャッジも成り立つのだが、星野料理長には「上州麦豚(じょうしゅうむぎぶた)」という地元群馬の銘柄豚をフィーチャーし、ご当地名物として盛り立ててゆきたい思いがある。
●上州麦豚
動物性飼料を排し「豚独特の臭みを抑えた」とあって、そもそもがクセのないあっさりとした味わいの豚肉であるから、やはり挟んだ際の出力の弱さは計算に入れて全体設計をすべきだろう。
肉としては文句なくおいしい。生姜焼きなど冷めるとすぐ肉がカチカチに硬くなってしまうので、ポークと聞いてまずソレを危ぶんだのだが、料理長渾身の極上パティを前にその心配は杞憂に終わった。
なにせパティが出来上がるまで仕込みに1週間掛かるのである。しっかりと塩に漬け込んであるため時間を置いても硬くならず、甘く丸みのある豚特有の肉の旨味を存分に引き出して、実になめらかな口当たりに仕上がっている。挽いた食感もきびきびと気持ちよく、豚のミンチなどふだん口にしないだけに新鮮。
タルタルソースも良いのだが、ポークらしさを引き立たせるためマスタードソースとか酸味の効いたジンジャーソースとか、そんな味の加え方も有効だと思う。
料理長の「趣味の燻製室」で作った自家製ベーコンは、チャーシューと呼ぶに近い贅沢な厚切り。脂の旨味を存分に湛えて塩加減も程良いのだが、ただ150gバンズに対し圧倒的に量が少なく、「一瞬よぎる」程度の存在にしかなっていない。キュウリはサンドイッチ的な印象を与えるので不要。
パーツひとつひとつのクオリティを磨いても、その積み重ねの結果であるハンバーガーが必ずしも高い質を有しているとは限らない。まずハンバーガー全体としての最終的な姿カタチを明確に思い描けること。完成図がイメージできたなら、その中で強調したい味、逆に抑えておきたい味が自ずと見えてくるだろう。そして味見の際には丸1個きちんと食べ切ること。ひと口目にはこの食材とこの食材が同時に口に入ってくる、最後のひと口はこんな味がする……1個完食して初めてハンバーガー全体の味が理解できる、それがハンバーガーという食べ物の「定め」である。
●売り切れはタブー
土日は都内人気店に迫るほどの爆発的売れ行きで、厨房フル稼働でも供給不足で売れ切れ寸前。いわゆる「嬉しい悲鳴」というヤツを私は生で聞くことが出来た。
'89年のオープン当時、世はバブルの絶頂期で、一部に「入場者制限」をかける高級志向のスキー場もあったが、その傍ら、たんばらスキーパークは来る者拒まず「とにかく入って下さい」の精神で多くのスキー客を分け隔てなく迎え入れてきた。その甲斐あって近年、高級志向なスキー場が相次いで閉まる中、「行けば入れる」安心と信頼のスキー場として、初・中級者やファミリーを中心に不動の人気を誇っている。より多くのお客様に来て頂かなくてはいけないこうした施設にあって、売り切れはタブーなのである。
売り切れとはお客様への「サービスが提供できない」状態、すなわちサービスの機会を失うことである。食べた結果「まずかった」という意見に対しては挽回の余地も機会もあろうが、食べることの出来なかったお客様から「もう行きません」と言われてしまうと、もはや為す術は無い。味と手間を惜しまず、出来る限り多くのお客様にハンバーガーを提供する。「スピードと味を同レベルでこなすこと」、コレが「使命」と、霧立ち始めたレストハウスのテラスで勝野課長。
§ §
ラベンダーパークは8月30日まで。約3ヶ月のオフを挟み、12月上旬にはスキーパークとして営業を再開する。
メニューは大事に育てるもの、成長させてゆくもの、と勝野課長。この冬、ラベンダー畑が地下に眠る白銀のゲレンデにて、さらなる成長を遂げた「たんばらバーガー」と再会できるかどうか、シーズンオフの調整が注目される。
なお、マスコットキャラクター「たんばりん」はおサル……ではなく森の妖精である(笑)。
― shop data ―
●たんばらラベンダーパーク(8月30日まで)
所在地: 群馬県沼田市玉原高原
関越自動車道 沼田ICより19q、
JR信越線 沼田駅より直行バス50分 地図
TEL: 0278-23-9311
URL: http://www.tambara.co.jp/
オープン: 1989年12月24日(スキーパーク)
営業時間: 8:30〜17:00(入園は16:30まで)
※花の開花状況により、前後する場合があります。
定休日: なし(要確認)