2008年05月27日

# 199 Esquerre [兵庫・西宮]



 「パン屋が始めたバーガーカフェがある」と去年、雨の名神高速を走りながら、AMBの岩波さんから聞かされて以来、コノ店にはひとかたならぬ興味があったのである。一体どんなバンズで合わせてくるのかと――。

●六甲山の向こう

 西宮(にしのみや)と聞いたら、私は阪急沿線をまず思い浮かべるのだが、その認識は甘過ぎた。神戸市もそうだが、この西宮市もタテ(南北)に異様に長いのである。浜風そよぐ甲子園球場から、山を分け入って中国自動車道のさらに向こうまで、全てが西宮市である。最初地図で所在地を確かめたとき、どうやったら行けるのかと途方に暮れたものだ。神戸の人からしても六甲山を越えるということは、とんでもない外国へ行くことであるらしい。


 神戸鉄道三田(さんだ)線の岡場駅が無理矢理言えば、最寄り。山口町というそれこそ山間を切り拓いて造った住宅地に、ベーカリー"エスケール"が誕生したのは今から15年前のこと。

 聞いた話をウンと縮めて書くと、三澤社長は大学を出てからパン作りの道を目指したのである。今でこそ「手に職を」と叫ばれて久しい御時世だが、「なりたい職業」1位が証券マンだった当時とすれば、大学を出てまで職人になるなど、まさに無謀の極みだった。

 神戸ベルに入社。パン職人になりたくて入ったのに、大卒というだけで事務職へ回そうとする会社に直談判して、ようやく工場勤務になったものの、それでも工場長だの幹部候補だの、すぐそんなレールを敷こうとする。そんな中入ったパンの道は職人の厳し〜い世界だったが、「今に見ておれ〜!」な根性で寝る間も惜しんで技術を磨き、やがて入社3年、現在にも通じる大きな転機が三澤社長に訪れた。


●Three Years in L.A.

 神戸ベルが米国ロサンゼルスに出店することになり、オープニングスタッフとして「行って来い」と抜擢されて、二つ返事で「行って来まーす!」と応えたところが、パンの技術者は三澤さん独り切り(他にケーキ担当1名)という、孤独の旅路――。

 慣れぬ土地での生活もこなしつつ、ゼロから店を立ち上げて、さらには泣き面に蜂が如く、キッチンは一切英語の通じぬ"鉄壁の"メキシカン。"one, two, three"すら知らぬのだから、当然のことミルクもバターも知る由もない。「じゃあ俺が覚えたる」と言うことで、逆に三澤さんがスペイン語をマスターした。


 結局3年間をアメリカで過ごし、帰国後はベーカリーの店長を歴任。きっちり10年で退社して、自分の店を始めようと思ったところがバブル崩壊直後――とてもじゃなし神戸市内は高くて店が出せない。

 そこで当時はまだ畑も多かったこの山口町に出発の地を求めた。いろんな人から反対されたが、とりあえずスタートさせないことには意味がない。場所云々とか後でいい。お客さんが来なかったら「僕が行こう」――と思って始めたのが15年前。

●"ステルス"ベーカリー

 ところがどこから噂を聞き付けたか、クルマで20分ほど離れた三田(さんだ)の辺りからもお客さんが大挙して押し寄せる大変な騒ぎとなり、一ヶ月で体が動かなくなって、ついに一週間ほど店を閉めた。その後は「自分のペースでせなあかんな」と思い直し、細々と継続。


 3年ほど経って"隣"が空いたので移転するが、また2年経って、同じ山口町内の現在の場所に移った。過去2店の反省をもとに、今回は自分の思うとおりにデザインしてもらうことに。そのデザインが変わっている――「『パッと見たらパン屋ってわからんように設計してくれ』って言ったんですよ」。

 街中なら知らず、この山口町、そもそも歩いている人が居ないので「パンが並んでいるのが窓越しに見える」意味がまるで無い。だから外からは「パンが絶対に見えない」という異様な造りになっている。当初は看板すら無かったので、ふつうの「民家」と思っていた人も沢山いたようである。

 事実2Fは三澤さん夫妻の住居だった。しかしベーカリーの人気が高まるにつれ、売り切れたり、焼き上がりまで待つ時間が生じたりなどしだしたため、まだ3年しか住んでいない我が家を改装してカフェを始めたのである。それが6年前。

●エスケール・カフェ

 木造2階建。確かにパッと見は、一般の御宅にも見える。

 窓の内にベーカリーを覗き見つつ、横手の通路を回って階段を上ると、天井のすっきり高いワクワクするようなカフェに行き当たる。社長の趣味がコテンパンに全開の、おもちゃ箱のような空間。ファイヤーキングのマグやら、得体の知れぬハワイみやげの花瓶やらオモチャの類、天井にはウィンドサーフィンのロングボードが渡され、近くにハシゴ段が架かっているのだが、コレはどこに向かって登ってゆくのか、実は無意味。キッチンの音が高天井に響いて、活気を感じる空間になっている。


 ゆったりと配された椅子机もアンティーク。入り口入ってすぐのソファはデンマーク、ウェグナー製のビンテージもの。くつろいだ昼下がりの店内にたゆたうハワイアンの源は、英国王室御用達、スコットランドLINN社のCLASSIK――垂涎モノのナチュラルサウンドである。

 人気のパスタをバッサリ切って、バーガーとサンドイッチに絞り込んだ。と言ってもハンバーガーはダイナマイトバーガー1品だけである。パティ110gのスタンダードサイズ¥700、150gのラージサイズは¥950。これを基本に、あとはトッピングで――というスタイル。サンドイッチは常時2、3品が日替わり。お酒もひと通り楽しめるが、基本的にはカフェである。

●ダイナマイトバーガー

 ダイナマイトバーガースタンダードにチーズトッピングで¥800(安っ!)。自家製セミハードバンズの下はオリジナルのソース、ピクルス、パティが来て、トマト、レタス、下バンズ(ヒール)の上にマスタード。付け合わせのフレンチフライも自家製。

 パン屋が考えるバーガーとは、一体どんなアプローチかと言うと、意外にもまず「肉」である。そして終始、「肉」である――これはまぎれもなく「肉」のバーガー。

 「ガツッとした肉が食べたい」と作り始めたこのバーガー、肉々しい食感を求めた結果、ミンチにせず、手で切ってパティを作った。見た目にはポロポロとしていそうな、若干ドライな印象を受けるが、ところがどうして、中に柔らかさを残す細かな火加減に焼き上がり、塩胡椒も控え目で、肉の風味が堪能できる。


 このガツガツとワイルドなパティの食感に合わせて作られた自家製セミハードバンズは、ドイツのブロッツェン(小型パン)をベースに考案された。カイザーロールと言えば早いか、ライ麦やサワー種は使わない白パンである。パリパリ薄めのオモテ皮に、乗った白ごまがまた効果的。その薄身の割りに挟まる具材の水分をよく受け止めて、何より肉の引き立て役に徹する姿勢が見事。コレこそ食事パンの間に肉を挟んでいただく「食事としてのバーガー」に他ならない。

 当初、オープンスタイル(具材を積み上げずに、バーガーの中を開いて見せた状態)で出していたが、それを止める際、ソースを考えた。ケチャップベースにフルーツなど煮込んだちょっと甘めのこの自家製ソース、酸味も軽快で抜群のワンポイントだが、若干量が多いようにも思う。肉その他素材が優れたものであるだけに、必要以上に主張させぬ方が好いか。豪勢に載せ込んだチーズの味もばっちり効いて、ダイナマイトの名にふさわしい、メリハリのあるバーガーに仕上がっている。

 パン屋が始めたバーガーは意外にも、バンズは一切主張しない、この上なく肉を感じるバーガーだった。パーツ個々の作り込みもさることながら、何よりトータルのバランスを第一に考えて作られている点で完成度が高い。

●釣りのおじさんとパティシエ

 自家製ベーコンは郊外だけに「スモークやり放題」。1Fテラス席はドッグOKな上、「わんバーガー」なるわんちゃん用ハンバーガーが用意されている。S¥300、M¥400、L¥500の3種類。


 この快楽空間を預かるカフェのチーフ、北垣さんは、社長とはもともと釣り仲間、と言うか、社長は行けば必ずいる「釣りのおじさん」だったそうである。最終的にはその社長に、北垣さんは釣り上げられてしまったワケなのだが……。

 北垣さんの本職はパティシエで、1Fの売り場に並ぶ生菓子・焼き菓子は北垣さんの作。パティシエがハンバーガー? そう言えば名古屋「Cafe Downey」の社長もパティシエだった。

 ココを目指して来るもよし、ドライブの帰りしなにふらと立ち寄るもよし、いずれにしてもこんな山奥にまたとんでもない"不発弾"が埋もれていたモノである――ダイナマイトなだけに。

 いや、爆発はとうにしていたか――超新星爆発と同じように、地球に光が到達するまでに何億年とかかったという、ただそれだけの……失礼。それはともかく>釣りのおじさんとパティシエ――引き続き、おいしいハンバーガーの行く手を阻む固定観念の「壁」を爆破せよ!




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― shop data ―
所在地: 兵庫県西宮市山口町上山口4-1-18
     JR福知山線 西宮名塩駅より
     阪急バス「丸山下」下車徒歩5分 地図
URL: http://www.yakitate-pan.com
 * TEL *
ベーカリー: 078-903-2631
カフェ: 078-903-0761
 * オープン *
ベーカリー: 1993年3月3日
カフェ: 2002年3月20日
 * 営業時間 *
ベーカリー: 7:00〜19:00
カフェ: 11:00〜19:00
ランチ: 11:00〜15:00
定休日: 月曜日・第3火曜日(要確認)

2008.5.27 Y.M
posted by ハンバーガーストリート at 12:09 | TrackBack(1) | 西国編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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Esquerre Cafe(西宮市山口町)
Excerpt: ココマデ クルノニ ヤク2ネン カカッタ
Weblog: タカシのB級グルメ日記
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