その一軒家ダイナーは、小高い丘の上にあった。
●高級住宅街
名鉄河和線・知多半田駅または成岩(ならわ)駅から徒歩15〜20分――店の近くの図書館のアクセスにはこうあるのだが、夕闇が降り始めていたので道路端で迷わず右手を上げると、タクシーはやがて思いがけないくらいくねった山道を登り始めた……いやー、歩こうなんてミョウな考えを起こさないでよかった! 等高線のない地図からはこのような標高差は読み取れない……って、そりゃそうだ。
知多半島の"背骨"に当たるであろうこの丘陵地は、半田市内随一の高級住宅街である。15年前までは「ただの山だった」ところに、先の市立図書館や博物館、野球場、公園など、市民の憩いの施設が各種設けられて、美しい街並みを呈している。K'S PIT(ケーズピット)はそんな中に「ふと」あるのだ。
●またもジョージーズ
オーナー大村さんが高校生の頃、世は50'sブーム(名古屋ローカル? スーベニアの福永氏もまるで同じことを言っていた)。アメリカン雑貨の魅力に憑り付かれて、やがてコレクションを並べたカフェでも始めようと、せっせと蒐集に専念していた。ところがそのささやかな夢は、とある店の前を通りがかったとき、木っ端微塵に粉砕されてしまう。その店とは――またしてもジョージーズ・ダイナー! 18歳、高校3年生のときである。
こうして話を聴き集めてゆくと、このジョージーズはいったいどれだけの人の人生に影響を与えたのだろうかと、無くなりてなお、生ける若者達を走らす――その底知れぬパワーには畏敬の念をすら覚えるのである。
※ 参考:# 183 Cafe Downey [名古屋] # 170 Sekky's Diner [岐阜]
ここから大村さんの人生はダイナー道まっしぐらになる。調理師として働き始め、23歳のとき渡米。ビザの期限までの3ヶ月間、アパートを一室借りて拠点とし、西海岸を中心に雑貨店めぐりやフリマのハシゴなどしながら蒐集した雑貨・アンティークは全てコノ部屋に放り込んで、合間にダイナーに足を向ける――というような「三昧」な3ヶ月を送った。
●25歳の大作
そしてジョージーズとの衝撃の出会いから7年、25歳のときに始めたのがこのK'S PITである――25歳ですよ! よくぞまぁ〜これだけの立派な店を建てたもんです! もぉ〜びっくり!!
「同じ失敗するなら、やりたい店をやっていたい」(オリバーの店主も同様のことを語った)――そんな想いを込めて2000年11月、この完全なるアメリカンダイナーを創り上げた。「これだけは譲れなかった」という一軒家。ぎんぎらステンレスのボディに水色のネオン管――店の前に立つと、店と「対峙する」といった感覚がある。店の中に「入る」と言うより、吸い込まれるような錯覚を覚える。
入れば、思わず気を呑まれるくらいにある種荘厳なアメリカンダイナー。骨太である。ダイナーの象徴とも呼ぶべきベンチシートはオール特注(そりゃそうか)。8人掛けの巨大なシートもある。照明はグッと落とし目。部屋の隅の暗がりに空調の冷気が静かに落ちてゆく。
白黒チェッカーズのフロアは店の中央部で一段低くなっており、フーズボール(テーブルサッカー)と、その色に合わせた青のシートのチェア&ラウンドテーブルが数組。奥には我が心のピンボール、ダーツ。ジュークボックスはSEEBURG社のQ160――推定1959〜60年製。現在鳴らず。弧を描くカウンターにはポップコーンマシーン。キッチンの出入り口には南軍旗が。
鮮烈なダイナーである。ダイナーの「様式美」ということでゆけばジョージーズ無き今、頂点はこのK'S PITであるかも知れない。なにせ一軒家ですから。頭上にベランダも洗濯物も何もありませんから。あとは日本全国、どれだけ気合の入ったアメリカンダイナーが他にあるのか――ふと選手権など催してみたくなりました。無いのかな? 全国アメリカンダイナー名鑑とか。
●ダイナーの顔
聴けばこの辺り企業の研究所などが多く、海外からエンジニアがやって来て何ヶ月と滞在するそうである。その間の格好の遊び場or憩いの場としてK'S PITは重宝されていると。日本のビジネスマンが赤提灯に吸い寄せられるのと、同じ心理だろうか。
サーロインステーキやスペアリブ、サーモンのムニエルほか、錚々たるメインディッシュもあるのだが、事実上のメインはバーガー類11品――「顔」である。他にサンド8品、ドッグ1品、ライスメニューは7品と豊富。
チーズバーガー¥750、プレート¥850。BBQソースをかけるのがK'S PIT本来のレシピだったが、現在はソースなし。但し後述する大須店では従来のソースありのチーズバーガーを食べることができる。当夜はその従来のBBQソースありバージョンにて。生ビールはなぜかキリンラガー¥500。
ステンレス製のランチプレートを使い、上下オープンにして登場。付け合せはシューストリングタイプのフレンチフライにマカロニサラダ。ヨコに広い扁平バンズの下はピクルス×2、オニオンは生、厚く切ったトマト、サニーレタス、チェダーチーズ、BBQソース、パティ、下バン。
バンズはシャリッと軽めに焼いた表皮にセサミなし。ナツメグ入りのパティは上からガーリックパウダーが振ってあり、実にガッツリとホットな存在感。これまたガーリックを使ったBBQソースと出会えば、ピリリと舌のしびれる甘辛さ。このコンビネーションは凄まじい攻撃力で――少々ガーリック過多のような気もするが――否が応にもこのペースで試合が運ぶ感じ。ガーリックと言うよりはキツ目の生姜といったインパクトだろうか。
バーガー下半分の攻撃的な味わいに対して、上半分は平和で穏やか。溶け切らずに味と形をしっかりキープしたチェダーチーズにはどこか安心感があり、野菜陣の中ではとりわけスイートピクルスが全体の味の抑えに回って、後口を甘い余韻に持って行っている。この上下のコントラストはやや極端ではあるけれど、50'sダイナーらしいダイナミックな味わいを生み出している。
●かっこいいファミレス
店を始めて最初の1年半、今でこそ8割は頼むというダイナーの顔・ハンバーガーはさっぱり売れなかった。出るのはパスタやポテトばかり……。そんな歯痒い時期を乗り越えての"今"である。
目指すはかっこいいファミレス。「デニーズはダイナーである」と――コノ説、聴いたのは実はオーナーで3人目である。
こどもからお年寄りまで、一家で楽しくバースデーパーティーなどできるような、そんなハートウォームなお店にしたいと。
片やダイナーの趣味の世界を掘り下げれば、マニア度がどんどん増して特定の客しか来なくなる。逆に門戸を広げれば、趣味の世界は薄まってしまうという……この相矛盾する所与の2条件は、きっと全国どこの店においても同じように、永遠なる悩みの種であるに違いない。確かに悩ましい……。
何度かランチを試みたが、定着しなかった。もう一度ランチをやりたいという、そんな思いを背負って今年'07年2月に出来た大須の2号店は11時〜21時の、念願の昼メイン。半田本店より規模は小さいものの、大須のアーケード街の一角にキリッと締まったステンレスボディをきらめかせている。
●ダイナーはめぐる
結局、大村さん世代がジョージーズ/アップタウンを経験した最後の世代ということになる。ちょっと世代が下ると、もう知らないのである。なので彼ら若い世代にとっては、今度はK'S PITこそダイナー事始めである。
大村さんは最後のジョージーズ経験者たる矜持を持って、自身が受けた影響や衝撃を次の世代、また次の世代へと伝えてゆく――そんな後進指導的な役割にも熱心で、実際、自分もこんなダイナーがやりたい、ハンバーガーがやりたいと、門を叩いてくる若者も少なくないという。大名古屋・大ダイナー循環――だいぶ見えてきましたね?
「やはり東京のダイナーはスゴイですか?」と皆さんよく訊いてくるのだけれど、都内はクルマ社会でない上、ロードサイドにこの規模の、しかも一軒家という条件で店舗を確保することがきわめて困難であり、なので私が今まで見てきた限りで言えば、名古屋・東海圏の方がはるかにそれと呼ぶにふさわしいダイナーの店造り・店構えを実現できていると思う。K'S PIT――いやホント、この店構えは比類無いですよ。
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― shop data ―
所在地: 愛知県半田市白山町5-214-18
名鉄河和線 成岩駅歩15分 地図
TEL: 0569-32-6155
URL: http://www.kspit.com/
オープン: 2000年11月21日
* 営業時間 *
月〜土: 17:30〜翌4:00
日曜日: 12:00〜24:00
定休日: 第3月曜日(要確認)