大泉のメインストリートに当たるのが、町の中央を東西に抜ける354号線である。高崎から館林(たてばやし)を経て、茨城(いばらき)の鉾田(ほこた)へと至る国道で、この354号沿い、および少し入ったところにブラジル人の店が多く集まっている。
●国道354号
と言っても地方の国道沿いのこと、隙間なく店が並んで――というほどではなく、ただ行き過ぎる店過ぎる店、なにやら外国語の看板を掲げていて、何の店だかは解からぬが、でもとにかく日本のモノでないことだけは確か――といった調子で、道の左右に点々と続いている。
そんな国道沿いの店の一軒がFatto a mano(ファット・ア・マノ)。東小泉駅前から354号を高崎方面にクルマで4、5分。スーパータカラのさらに先。いかにも国道脇の軽食堂ないしはドライブインといった構えの店で、これといった装飾もない殺風景な白い外観に、中も期待を裏切らず、多少古びようが時代遅れになろうが一向気にしない感じの、と言うか、何屋だかよく解からない、でも疑いなく国道脇の軽食堂――そんな風合いの店である。ある種超時空的。
●手作りの洋菓子と軽食
Fatto a manoとは「手作りの」といった意味で(伊語?)、誰かが太っているとか、ファッツ・ドミノと語呂が似ているとか、別にそういうことではない。
2世・三澤さん夫妻はアチラでも何軒かお店をされていたそうで、クリチバ(Curitiba)という街にあったカフェの写真を見せていただいたが、今ならデザイナーズカフェとして青山辺りに出して余裕で独り勝ちしてしまいそうな、そんなモダンでスタイリッシュなデザインのオープンカフェが、20世紀初頭のヨーロピアンな街並みにピタッとハマっていた。
自家製ケーキが自慢だが、さすがに今回はバーガーで満腹につき、手が出ず。ひと頃はマヨネーズまで手作りしていたそうで、卓上の赤い辛子調味料ピメンタも大変おいしい、と長谷川さん。BGMなし。キアヌ・リーブス主演のアメフトの映画が無音で流れていた。もちろん葡語字幕。
●もっともランショネッチらしい店
おいしい料理もさることながら、長谷川さんがコノ店を「もっともランショネッチらしい店」と呼ぶ所以はズバリ、話好きの店主一家が問わず語りに繰り広げる、楽しいおしゃべり――コレに尽きるだろう。
店も人も、いかにもブラジルらしい大らかな空気に満ちていて、おしゃべりを聞いていると、つい時が経つのを忘れてしまう。コレこそ、マイケル・フランクス歌うところの♪ It takes a day to walk a mile(1マイル歩くのにまる一日掛かる)――まさしくその感覚かも知れない。でも、せっかちな日本人はついチラチラと時計に目がいってしまうだろうか。
「キタンジーニャ」でも「タカラ」でも、空気は常にゆっくりと流れ、そして出会った人々はみんな君に笑いかけてくれる……いや実は「長谷川さんに」、かも知れないが。
この笑み、日本における「いらっしゃいませ」なんだろうけど、でもナンか違うんだよネ。たぶん微笑みかける本人の、心にゆとりがあるからだろう。遥かなる"Old Brazil"の薫りを最も身近に感じることができたのは、こうした瞬間だったように思う。♪ really cure your blues !
●本日みたびのX-Tudo
「ハンバーガー」とはメニューのどこにも書いていないが、ランシェ(Lanche)と括られるサンド類の中にしっかり5品。コノ店ではチーズは「X」と略さずにCheese Tudoとフルで書いている。横にカタカナでスーパーチーズ¥577。もう夕食に近い時刻だったが、Cheese Tudoを頼む人は少なくなく(家族連れでも誰か一人は確実に)、ココでもハンバーガーの安定した人気を見ることができた。
バンズはタカラで見た敷島製パンのゴマバンズのような感じだが、定かならず。葉肉の厚いレタスはサラダ菜か(自信ナシ)、軽く焼いたベーコン×2、卵は両面焼き、そしてなぜか焼いたハム1枚、おいしくとろけたチーズはモッツァレラ、トマト、パティ、例により酸味を抑えたマヨネーズ、下バン。ベーコンとは別にハムが挟まっているのが不思議だが、スーパーチーズの名に恥じぬ、立派な構成ではある。具材が斜めに張り出して、賑やか。
ブラジル人の味覚では、甘いハンバーグというのはナイらしく、なのでパティは例外なく塩味……と言い切るのは勇気が要るが、少なくとも聴き取りした限りでは塩味。コノ店のパティは中にタマネギ、細ネギ、ニンニク、チーズなどを混ぜた自家製で、ちょうどギョウザに近い感じの、控え目ながらも印象的な塩味が効いている。この自慢のパティがバンズに対して若干大きくて、ややアンバランスな感じはしたが、しかしこの日食べた中では最も工夫を凝らしたX-Tudoだった。食後のコーヒーがまた格別! さすがインスタントの方が高い原産国の実力。
●ブラジルのハンバーガーについて、わかったこと
鶴見も入れた4店に共通して言えるのは、1.チーズバーガー(X-burger)を起点に、増えた具材がそのバーガーの名前になる方式で、最後はX-Tudo(全部入り)で終わること、2.チーズはモッツァレラであること、3.タマネギを入れないこと、4.卵、ベーコンを入れること、5.マヨネーズは酸味を抑えていること(「PASTEL & CIA.」のみ中には入れていない)――大体こんなところだろうか。大泉の3店が似ているだけならまだしも、鶴見まで同様な傾向のわけだから、コレは「こういうものだろう」という認識でほぼ間違いないと思う。
あとは「いかにしてブラジルにハンバーガーが広まったか」という謎がなお残るが、これについては今後継続して、長谷川さんとともに解明してゆきたい。
●3世が起こす"風"
三澤家の長男、3世・巌さんは、大学生のとき家族とともに大泉にやって来た。高崎などの工場で働きながら日本語をマスターし、今では町立中学校でブラジル人子女を相手に日本語の先生を務めるのをはじめ、群馬県の多文化共生指針策定委員会の委員に推薦されたり、警察職員や国会議員の前で講演をおこなったり、さらには国の多文化共生事業に参加したりなど、大泉のブラジル人を代表する「顔」として活躍されている。
そんな巌さんに、不用意にもこんな質問をしてしまった――日本は住みやすいですか? ――するとニッコリ笑ってこう返すのである「日本は豊かで大変住みやすい国です。ただし肩が凝ります」――言われてしまった……でもそのとおり! ヒドイ凝り性である私は身をもって知っている――日本は肩の凝る国なのだ。
巌さんは、いまの日本には「第三者の視点が必要」と考え、3世である自分に「新しい風を吹き込むことができたら」と、高い志と誇りをもって、この大泉での毎日を実に活き活きと送っておられるのだ。目的を持つ者は強い。大泉発、からっ風ならぬ「肩の凝らない風」が全国に吹き渡るか――安倍総理にはせめて「肩の凝らない国、日本」ぐらい言って欲しかったナ。
●共生の行方、大泉の行方
折しも大泉を訪ねた翌日、「日系外国人急増の自治体へ特別交付税」を交付する政府方針が発表された。さらにこのニュースよりほどなく、静岡県で昨年末に起きた殺人事件の犯人隠避容疑でブラジル人男女2人を逮捕――という報道発表がされている。私などはただ物珍しがっていればよいだけの、単なる観光客でしかないが、しかし隣合せに住む人たちは、当然そうはゆかない。共生の真の難しさ、異文化との本当の距離感――どれほどのものなのだろう。
誘致のときの熱烈さも最近はやや冷め気味と聞く。ブラジル人と地元日本人との間を結ぶ、巌さんや長谷川さんのような役割は、今後益々重要なものになってゆくだろう。
こうした中、来年2008年にはブラジル日本移民100周年を迎える。日伯交流年として1年間、さまざまな行事・式典が日伯両国で開催される予定。これは好機だろう。2008年にかけて、大泉町はじめ、全国のブラジル人コミュニティの抱えるさまざまな問題が、大きく進展するのではないかと期待している。
― shop data ―
所在地: 群馬県邑楽郡大泉町寄木戸1434-2
東武鉄道小泉線 西小泉駅歩20分 地図
TEL: 0276-63-7563
オープン: 1993年
営業時間: 10:00〜20:00
定休日: 月曜日(要確認)
2007.1.27 Y.M