大須は、東京で言えば浅草とアメ横と秋葉原をミックスしたような町だろうか。
大須観音を中心に(と言っても界隈の最西端に位置するのだが)、いくつもの社寺が一帯に点在して在り、商店街のアーケードがそれらを縦横に結んでいる。土産物屋とか呉服屋とか洋品店とか玩具店とか珈琲店とか、それら古株の間々に若向きの服屋とか雑貨屋とかフィギュアを扱う店とかカフェとかが混ざり込んで、新旧綯(な)い交ぜ。
しかし若いパワーがボーンと全開炸裂しているでもなく、この歴史ある街並みの湿気の中にうまく――かどうかは分からぬが――抱合されていて、その空気から突出することはない。一部の通りにはやや錆びた趣きもあるが、しかしそういう筋の一つや二つ、浅草にだってあるだろうという程度。浅草と違うのは、バスを連ねて観光客がバンバンやって来るような町ではないところだ。もちろん土産物屋は盛んだが、しかし此処大須はそうしたヨソからの客に向けられた町でなく、あくまで地元名古屋っ子たちの拠り所といった感じが強い。
それこそ縁日の出店がそのまま常設の店舗になったような居住まいである。なので歩きながら食べられる、"テイクアウト"と言うか、屋台的な食べ物が道の其処彼処でワンサカ売られている。たとえばソフトクリーム、大判焼き、クレープ、たこやき、ホットドッグ、そば焼き、コロッケ、揚げパン、甘栗、台湾名物屋台?(唐揚げデス)、ケバブ、シュハスコetc...国際色極めて豊か、ないしはヒジョーに怪しい、よく言えば極めてエキセントリックな(←しかし都合イイ言葉だね)テイストが色濃く漂っている。そうそう、横浜中華街みたいな裏路地もあるしネ。
普通バーガー専門店というと、まだ少し奇異な存在に映ることが多いのだが、こんな縁日屋台の賑やかさの中にあっては、まるで違和感が無いどころか、むしろバーガーのルーツに極めて忠実な売り方をしている(1904年、セントルイス万博でのスタンド販売で有名になった)と言った方がより適確だろう。新旧&東西文化を幅広く受け入れるこの町の寛容さと下町ならではの人情深さ――そんな大須の空気が大好きで、店主夫妻は'04年4月、観音通りの一角に小さな店を出した。
隣は串かつ屋、向かいの角はジューススタンド、そして道を挟んで富士浅間神社が真向かい。アーケードの商店街らしいスローな空気が溢れんばかりのシチュエーション。店の前に10席ばかり、種類バラバラの椅子机を並べて、そこでいただく――つまりこれは屋台である。
ご主人は江戸で言うならチャッキチャキの職人さんで(尾張弁では何と言うのか)、「自分はただやるべきことを当り前にやっているだけ。持てるもの全てを注いで、それで美味しくないと言われたらそれまで」と、まさに竹を割ったような明快な想いでバーガー1つ1つに全身全霊を込めて作っておられる。
「ずっと対面のサービスがしたかった」と言うご主人。見ていると、間断無く入る注文を片端からテキパキとこなす姿が実に気持ち良い。「当たり前のことをやっているだけ」とは言うのだが、しかしその当り前は世間一般からすれば随分手の掛かったもので、例えばパティについては部位を切り出すところから作業し、肉の状態を見てミンチの配合を自分で決めるといった、普通は肉屋がするようなところまで技能を得て自身でこなしてしまっているのだが、しかしそれはご主人に言わせれば全て「当り前」のことなのだから、つまり褒め様が無い。この人の場合、「褒め様が無い」というのが最高の褒め言葉かも知れない。
最上級のステーキを片手に収まるスケールにぎゅっと贅沢に凝縮させて――というのがロコバーガー¥480のコンセプト。
全ての具材が混然一体と混ざるタイプのバーガー、あるいは「パンの間にハンバーグを挟む」という基本ルールを押さえつつ、独自のアイデアを凝らした独創的なバーガーと言っても良い。他にマグロを使ったアヒカツバーガー¥480、チキンみそかつバーガー¥480、ゴルゴンゾーラチーズバーガー¥480、プレーンバーガー¥380。フライドポテト¥150、大粒のブラックタピオカ入りモミティーは¥350。値段は"大須価格"だそうで、「これ以上高いと売れねえよ!」というギリッギリの設定と……ココでもバーガー500円上限説は健在。
カゴに深々と収まり、紙ナプキン代わりのポケットティッシュが添えられて来る。四角い扁平バンズはイタリアの食パンで有名なチャバタ生地。敢えて余分な味を除き、言わば「ごはんのような存在」を目指した。そのためか、途中どんなに個性的な具材の味に出会おうとも、食べ終わってみれば意外やさっぱりとしていて、まるで重くない。ちょっと粉を振り過ぎな気もするが、なかなかのアイデアものだ。
中は名古屋風味の甘辛味の効いたキンピラにシュレッドオニオン、ベーコン、チーズ、トマト、ふわふわの玉子焼き状エッグ、ソース、パティ、レタス&キャベツは千切り状、下バン。味のリードはトマトソースに酸味をまろやかにするために赤ワインを加えたソース。甘酸っぱさが軽快なこのソースがグーッと全体に回り込んで、巧くまとめている。
レタスの風味とキャベツの歯ごたえを活かしたフレッシュ野菜とチャバタ生地のバンズの食感がまず前面に立って、ややドライな感じのバーガーだが、感触絶妙なるパティと言い、玉子と言い、下味程度にほんのり効いたモッツァレラチーズと言い、トマトと言い、最後に余韻を残すキンピラのほの甘い味噌味と言い、細かな細かな味のバランスの上に成り立つバーガーで、「480円」という値段を考えれば相当に贅沢な一品だ。
さらにこのロコバーガーにゴルゴンゾーラクリームチーズと焼きオニオン、ガーリックチップをトッピングしたロコスペシャルバーガー¥580があるが、こちらの方が味がグッと前に迫り出して来ると言うか、より立体的に感じられて、一段と美味しさが増している。鉄板の上でカリッカリに焼けたゴルゴンゾーラの"耳"、そしてガーリックチップのアクセントが絶品! でも後口さっぱり!
キーワードは「根っこ」
loco(ロコ)という言葉は「ローカル(local)=地元」という意味のハワイ語と英語の混成語で、ロコバーガーという店名には、ご夫婦ふたりが大好きな「ハワイの」という意味とともにもう一つ、「地元の」という意味も多分に込められているという。
最近ご主人は、ふとしたきっかけから各地のイベントに呼ばれてバーガーを焼く機会が増えているそうなのだが、しかしそれも大須という「根っこ」があってこそやっていけることなのだと。厨房周りが狭く、ときに食材の貯蔵にすら場所欠く店ながら、でも野菜が無くなったと八百屋に言えば3分で持って来てくれる――そんな商店街ならではの融通と付き合いの良さが地元の頼もしさであり、また気安さでもあり、言うなれば商店街全体がロコバーガーの大きな台所の様な存在なワケなのであって、それほどまでに心強い「根っこ」をバックに持っていること自体、昨今なかなか無いことではないかと羨ましくすら思えるほどに、ロコバーガーは心底ロケーションに恵まれている。
"大須"という町があって、そこに暮らす人がいて、そこに自分たちの店があって、そして奥さんが留守を守っていて……地元に深く根っこを生やした、世界に一店きりの個人店というものの持つ、意味合いの深さ、あるいはその"大切さ"、そして"素晴らしさ"といったものを、今回私なりに初めて理解できたような気がしている……ってまぁ、"気がしている"程度じゃあアカンのですが。
§ §
さて、ムダ話もそろそろやめとかないと、職人肌の――て言うか職人なんですが――ご主人から「余計なこと言うんじゃねぇよ!」と、どやされるやも知れない(ご注意:実際のご主人はそんなオッカナイ方ではありません――脚色です)。てコトでここらで終わらせときますか。
……あぁ〜しっかし褒めるところのひとっつも無い店だなぁ〜!!
→ # LOCO-BURGER [名古屋・大須観音] のロコバーガー
# LOCO-BURGER [名古屋・大須観音] のスペシャルバーガー
― shop data ―
所在地: 愛知県名古屋市中区大須2-17-35
地下鉄鶴舞線 大須観音駅歩5分 地図
TEL: 052-203-8161
オープン: 2004年4月29日
営業時間: 11:00〜20:00
定休日: 水曜日(要確認)
コメントありがとうございます。
そうですね、アノ多少無理をも感じる挟み込みが見所のひとつでしょう。ホント独特の味わいです。
しかし、くまりん様、ブログタイトルが「棚つか」とは……
ありがとうございました。
またよろしくお願いいたします。