北の大地の美味しいハンバーガーを食べようと札幌のバーガーショップを訪ねたら、思いもかけぬ"歴史"が待ち受けていた。
●Est.1956
東西線で丸山公園よりさらに先、隣は琴似。二十四軒(にじゅうよんけん)という市街からはやや離れた少し寂しい場所で、住宅・マンションの他に物流倉庫や食品加工場なども隣接する、完全なる郊外型の立地である。明らかに商売に不向きなこの土地に、その思いもかけぬバーガーショップは在るのである。アチラ(米国)の田舎町に在りそうなちょっとした酒場の様な外観。看板には赤地に白く店の名が書かれている。問題はその下――Est.1956……エッ!
●博多、西中洲
R&B/ソウル・ギタリスト、山田創(やまだつくる)氏の店。正しくは山田氏の母親の店だった。遡ることちょうど半世紀前――1956年、ハンバーガーリサは博多は西中洲にオープンした……えーっ! '56年という時代はハンバーガー屋としては第2世代とマスターはいう。
第1世代とは屋号も看板も無しに鉄板1枚引っ提げて進駐軍相手にバーガー焼いてた人たちのこと。日本人相手の商売が第2世代に当る。ハンバーガーリサは、彼ら第1世代にアドバイスを受けた山田氏の母が、鉄工所で切り出してもらった鉄板をコンロに乗せて、日本人相手に始めた店だったのである。それが'56年、福岡は博多でのこと。北のハンバーガー屋を訪ねて北海道に来たつもりが、博多のハンバーガー屋と戦後の市井の様子について知ることになろうとは……世の中まったく何処で何に出遭うか分からない。
●三姉妹の店
となると「リサ」はその母上の御名前かと思いきや、然に非ず、スペイン語で「笑う」といった意味だそうで――またも意外。そもそもその時代に鉄板一枚持ち出して、お好み焼でなくハンバーガーを焼こうと思う時点で、既にどこかハイカラさんである。アジア随一の国際都市・上海から引き揚げて来たというのもあるのか。ハンバーガー¥80、チーズバーガー¥130。コーヒー¥60、トースト¥50、コーンフレイクス¥70(いつ頃のメニューか定かでないが)。「ハンバーガーでは何だか判らない」と、看板には敢えて「ハンバーグとコーヒー」と書いた。
戦後11年、街はそんな状況だった。天神と中州の間という立地の良さと、姉妹3人で営む店という噂も手伝って、店はまずまず繁盛。しかしなにぶん女ばかりの店なので、誰か嫁に行く度にメンバー交代・世代交代を繰り返し、最後はマスターのいとこに御鉢が回って細々続けていたが、13年前、ついに閉めた。
●親孝行とリサの再開
一方その頃山田氏は、ギター1本携えて海を渡り、都合8年、アメリカで音楽活動を続けていた。帰国した氏は、友人の誘いでぶらり札幌に赴き、次の渡米の機会を伺いながら楽器修理の職人などするうち、そのまま居付いちゃったと。
定住は心の安定を呼ぶものか、氏はふと博多に住む母のために親孝行したくなり、老いた母が1人でも回せる適度な狭さと客入りの悪さを併せ持った理想的物件をココ二十四軒に見つけ、本業と並行しながら時間をかけて少しずつ店を造っていった。そして'04年10月、途中11年のブランクを置きながらも博多に37年続いたリサは、場所を札幌に移してめでたく再開したのである。
ところが博多暮らしの母に冬の北海道の寒さは堪えた。オープン僅か2ヶ月で引退を表明、さっさと博多に帰ってしまったのである。「南極に残された犬の気持ち」とはマスター。主人不在のリサを「こんな筈じゃなかった……」と、取り残された息子が仕方なく継いで、こうして現在に至っている――というのがリサ外伝である。老いた母が目を回さないようにと考えた完璧な立地条件が思い切り作用して、すこぶる客足が少ない。「罰ゲームのような店」とマスターは笑った。
●何気にアメリカン
カウンターのみ6席ほどの細い店内。アンプやらマイクスタンドやらが雑然と置いてあり、今でこそ片付かなくなってきてはいるものの、実は細部にまでなかなか凝った造りがされている。
外観から続く白い板張りの壁、濃いこげ茶に塗ったカウンター。足元にはタイルを使ったパターンがさり気なく施されている。年寄りが立っても浮かないよう配慮したというキッチンは、壁のパステルピンクが何気にアメリカン。客席側の壁にはR&Bのジャケがずらり。名前が判ったのはジミー・スミス、フィニアス・ニューボーンJr.にフレディ・キング、B.B.キングぐらいか。
メニューはハンバーガー プレート¥800オンリー。付け合せはポテトのサラダとりんごのデザート(※'07年3月現在変更アリ)。追加のバーガーは¥600。母上の味は引き継がず、一新。「旨いと思わん」というのがその理由。この50年の間に日本人の舌が肥えたという証しだろうか……。お供に生絞りのオレンジジュース¥400を頼んだら、サンキスト社製、中世ヨーロッパの騎士の鎧ような外見のビンテージもののジューサーで、ネーブルオレンジをウィンウィン絞り出した……これがまた美味!
●生一本
博多っ子は物事に無用な付加価値を付けることを嫌うらしい。御託を並べたり、キレイに飾り立てたりまでして評価されようという姿勢を潔しとしないのだ。そんな博多っ子気質はマスターにもしっかりと受け継がれていて、それはこのハンバーガープレートにもよく表れている。
「言うコトを一番よく聞いてくれた」パン屋に依頼したバンズは表面白ゴマ、ふっかりドーム型で、不必要な甘さや思わせぶりなバターの香りを一切排した素直な味わいでありながら、しかし顔を近寄せると香ばしい匂いがプンと強く香る逸品。トマト、ピクルス×4、輪切りの薄さが見事なオニオン、パティ、ゴワッと畳んだレタス、下バン。ケチャップ、マス&マヨは自己責任で。
あらゆる仕込みの中で最も手が掛かるという自家製ピクルスは浅漬けで、酢の香りがややストレートにキツイが、これにトマト、レタスがうまく反応してサラダな香りを形成。パティは華こそないが、本場にも通ずるであろう粗さ・硬さを持った噛み締める食感。
ここまで飾りのないバーガーというのも久々だ。実直で質実剛健、マスターの心意気が伝わる生一本なバーガー。"素"の味わいがある。そう考えるとピクルスの"酢"は多少邪魔だろうか。塩胡椒を振っただけのポテトサラダは超絶に美味しく、シナモンスパイスを効かせたりんごも秀逸。どれも過度でない、無理のない味付け。
●真空管アンプ
マスターが手を加えた真空管アンプと、独イソフォン社製のスピーカーをビンテージもののケーブルで繋いだセットは、マスターの言う通り「口の開き方までわかる」飛び切りの高音質で、部屋のサイズからマイクの距離まで手に取るようにわかる"良い音"を聴かせてくれる。
いやホント、このスピーカーで日がな一日、ぼんやりとナット・キング・コールの歌などただ聴いているだけでも、全く飽きることがない。ハイファイなんだけどやさしくて丸みのある、絶妙にバランスされたイイ音で、深みのある中低音の響きは垂涎物。大通かすすき野辺りにお酒の店として出したなら、間違いなく繁盛するだろう。
最後の最後にようやくマスターの演奏がかかったが、コレがまた絶品!! 要らざる飾りのない、垢もオコリもキレイに落ちたような実に素直でのびやかで、そしてどこか知性の薫るプレイ、そして音色。こんな生音のギターを聴いたのは久しぶり……いや、初めてかも知れない。調味料の一切振りかからない、出音勝負の実に実に"素"な音である。
幾千の言葉よりもギターの音色の方がマスターの人と為りと、そしてハンバーガーを語るのに雄弁だった。音は人を、そしてハンバーガーをもよく表す。生一本な博多っ子の心意気が爽快な、ブルースとバーガーと罰ゲームの店。目指せ、南極脱出!!
→ 【最新情報】 ハンバーガー リサ [札幌・二十四軒] が営業を再開しました
― shop data ―
所在地: 北海道札幌市西区二十四軒2-3-2-34
地下鉄東西線 二十四軒駅歩8分 地図
TEL: 011-614-1243
オープン: 2004年10月11日
営業時間: 11:00〜20:00(売切れ次第close有り)
定休日: 水曜日・木曜日(要確認)
20代の頃 深夜にもかかわらず 食べるときは必ず2個たべていました。
あの味かなぁ 食べたいなぁ。
復活してたなんて うれしいです。
コメントありがとうございます。
そういうアナタは博多のご出身でらっしゃいますか?
いやーそうなんですけどネ、書きましたように息子さんが札幌の店を継ぐ際に「味は全部変えた」と言っておられますので、まず間違いなく西中洲に在った頃の「当時の味」ではないでしょう。残念ながら。
ただコノ店の面白いところは「看板」だけ担ぎ出して、実質は赤の他人が経営している……といったありがちなリバイバルパターンではなくて、「実の息子さんがやっておられる」というところです。
当時と味は変わったとは言え、アメリカを渡り歩いてきた人の作るハンバーガーですから(という言い方も変なのですが)、アチラの味を意識しつつ、なかなかに骨のあるものに仕上がっています。ギミックのない、極めてシンプルでストレートなバーガーで、コレはコレとして、きっとお楽しみいただけるのでないかと思いますよ。
なお訪ねられる際には事前に一報入れておかれた方がよいでしょう。
またよろしくお願いいたします。