●導入――上総大多喜(かずさおおたき)
房総半島、いすみ鉄道大多喜(おおたき)駅の駅前にハンバーガーを置いている店を見つけたことがある。たこ焼き屋の様な駄菓子屋の様な店で、2階は居酒屋の様な。その日店はやっていたが、しかしバーガーは食べ損ねた――お店を守るママさんが何かと理由をつけて作ってくれなかったのである(作れないのでは――とは友人の見解)。
帰宅後、諦め悪くネットで調べたら、問題の店の代わりに「マックスバーガー」という名のバーガーショップの情報を見つけた――アレ? マックスコーヒーも千葉だっけ? 同じく房総の南端、館山にかつてあったバーガー店だが「マクドナルドやロッテリアのオープンにともない店を閉めざるを得なかった」。で、そんなマックスバーガーの思い出を引き合いに、ご当地バーガーの鑑としてそのページで語られていたのが、播州加古川にあるコノ店だった――このページを見つけなければ行くことはなかったろう、多謝!
●寺家町(じけまち)
この日加古川は花火大会。駅前にはロックフェスティバルでもあるんじゃないかというほどの大量の鉄柵が昼間のうちから運び込まれて何だか物々しいが、商店街ベルデモールに入れば、歴史ある街らしいのんびりした風が吹いて、36度の猛暑も心なし薄らいで感じられる。国道2号線に当る手前で折れて、寺家町(じけまち)商店街のアーケードの下を行けば、店までの行程のほぼ7割を直射日光に美肌を晒さず進むことができる――紫外線は天敵ですから。問題の県道18号に行き当たったところで2号線の方を向くと、右手前方に日に焼けた赤いテント屋根を捕えることができる。
●1日1,000個
今年で31年目。開業'75年というから広島の「ゴッドバーガー」と同期。入り口のガラス扉こそ面白いデザインだが、店内は壁・天井を黄色く塗った総板張り。その黄色い天井には不必要なまでに多くの電球が付けられていて、昼なお明るい。一応壁にスピーカーはあるのだけども、BGMはナシ――それがちょと気まずい。そしてカウンター周りには広告の裏に書いたメニューが天井から床までびーっしり!
聞けばこのメニュー、上のものほど古く、年代を経て下へ下へと足されていったそうである。なので一番上に貼ってあるのはなんと'75年、開業当時のメニュー。「ハンバーガー」¥100「ミックスバーガー」¥100「マヨネバーガー」¥100「チーズバーガー」¥150「2段バーガー」¥200。しかもコノ値段、開業以来一度たりとも上げたことが無い……えーっ!! 意地でも上げないそうである。
31年前、父ちゃんが仕事を辞めて始めた。当時マクドナルドはまだ主要都市にしかない状況で、その様子を見るうち自分もやってみようかなと。なのでピープルは加古川初のハンバーガーショップだった可能性が極めて高い。「ボンハンバーガー」に同じく、一時は加古川周辺に5店舗まで店を増やしたが「父ちゃんは人を使うのが苦手だった」ので、結局いまの1店に落ち着いた。「加古川店」と付くのはその名残である。20年前――つまり80年代半ばが最盛期で「1日1,000個売った日もあった」。近所の中高生を中心に大ブレイク。学校が終わると店の前は黒山の人だかり、見るも恐ろしいほどだったという。
●システム
そんな半狂乱な日々の中、注文は客が自分で紙に書き、カウンターに差し出す――という今の注文方式が確立された。なにしろ注文を受ける人手が居ないので、その役割は客に負ってもらうと。これなら注文を取る手間が省け、注文受けた・受けないの混乱も極力減らすことができる。
カウンターの中には、注文が上がったとき客である生徒たちの名を呼び出すのに使ったマイクが今でもぶら下がっている。私もこのシステムに従い、わら半紙をハサミで切って作った用紙にチビた鉛筆で注文を書き、カウンター越しにおばちゃんに手渡した。するとおばちゃん、トマトバーガー チーズ入りは……300円、アイスレモンティーは……150円と、何も見ずに値段を書き入れる――このシステム、頭使うよぉ〜。
●ゆで卵
トマトバーガー チーズ入り¥300、使い減りしないステンレス製の皿に乗り。バンズは第一パン。表面ケシもゴマもなし。ケチャップ、シュレッドオニオン、トマト、レタス、パティはハンバーグ2分の1、チーズはプロセスの塊か、タマゴ、マヨネーズ、下バン。食後、おばちゃんに話を聴きながらキッチンの様子を少し覗かせてもらったら、さすが1日1,000個さばいた店だけあって作り方も実に効率的で、注文の入る前にある程度のところまで作り置きしておくのである。バンズは袋を開けて大きなバットの上に並べておく。パティは焼いて半分に切っておく。そしてゆで卵とともにバンズの上に乗せておく。どのバーガーにも進めるこのベーシックな状態で注文を待つ――。
そんなことなので肉もそれなりだし、表裏焼かないバンズはややウェットな食感で覇気こそ無いのだけれど、しかしまぁこんなもんかな……と思って食べていると、トマトにチーズ、ケチャップがうまく回って、おぉコレは! と思う瞬間が何度かあった。
ひとつ具材の強い個性で引っ張るのでなく、トータルのバランスや具材同士の融合で食べさせるバーガー。作り方や見かけによらず、やってることは意外と高次元。見た目からも非常に手馴れた、簡潔によくまとまった印象を受ける。さすが30年のベテラン、やることに無理がない、ソツがない。
トマトバーガーの名のとおり、トマトがきっちり主役の存在を主張している点も素晴らしい(「トマトマックグラン」にソレが出来たか――)。ツルンとした卵の白身の感じが焼かないバンズによく合っていて、案外とイケることを今回知ったが、そもそもバーガーにゆで卵を使うこと自体珍しい。しかしコノ店ではゆで卵はどのバーガーにも入る"基本"である。
●悪さの思い出
今は夜の部に回る父ちゃんには今回お会いすることはできなかったが、生意気盛りの悪ガキ……と言う言い方はやめて悪童と呼ぼう……悪童相手に怒るときは真剣に怒る、父親のように親身な店主とお聴きした。横入いりだとか、喧嘩だとか、壁壊しただとか、そりゃあいろいろあったでしょ。店の外に置いてあったバンズに上から全部穴を開けたアホが居たというが、そのときは本気で怒ったそう……って当たり前や。何をすんねんな。高校生時分って、どうしてそんな下らんことしか思い付かないんだろ。
まあそんな悪童たちも長じて社会に出るようになり、ある者は加古川を離れ、それが何年かぶりに戻ってみると、昔悪さして叱られた店がまだやってると。懐かしくて思わず入ってみると、あのときのおっちゃんおばちゃんがまだハンバーガー焼いてる……。加古川に育った彼らの故郷のような存在が、このピープルなのである。
●これから
しかし県道18号の拡張工事に伴い、ついに今年'06年12月31日、ひとつの節目を迎えることになった。12月31日をもって今の店を閉めて立ち退く――問題は、場所を変えて店を続けるかどうか。「ぜひ続けて下さい」と私たちが言うのは容易いが、しかし骨身を砕くご夫婦の努力を知れば、そう軽々しく言うのもどうかと考えてしまう。続けること自体決して生やさしいことではないのだ。
しかしおばちゃんからは「店と一生をともにする」と並々ならぬ決意を聴かせていただいた。みんなの声に後押しされて、ぜひやりたいと言うのである。
今より狭くなっても営業時間が短くなっても構いません。出来る条件の中で出来る範囲のことをされるので、みんなきっと十分納得し歓迎してくれる筈です。どんな形であれ大好きだった店がずっと続いていると知ったとき、それだけでどんなに嬉しいことでしょうか。しかも焼いているのはあのおっちゃんおばちゃんなのだから、これ以上望むべくもないでしょう。30年分の少年少女の心の拠り所となったバーガー店は、今日も加古川に続く。
※その後ですが、従来の店舗ヨコに仮設店舗を建てて営業継続――との"加古川市民"様からの情報です(2007.4.18)
― "当時の" shop data ―
所在地: 兵庫県加古川市加古川町寺家町23-1
JR加古川駅歩13分 地図
TEL: 0794-24-9039
オープン: 1975年
営業時間: 11:30〜27:30
定休日: なし(要確認)