100店目は随分と時間がかかった。候補として考えていた3つの店には巡り合わせ悪く結局何処にも行くことが出来ず、これ以上空白をつくっても……と計画の見直しを始めていたところに、調べるほどにグングンと興味の広がる店が現われたので、本命3店を退け、思い切ってこの店で100店目を飾ることにした。
これから語るのはアメリカのホットドッグチェーンの話である……おいおい! とは現に私もそう思っている。そのうえしかも、ホットドッグ屋に行っておきながらハンバーガーを頼むとはどういうこっちゃい! ――とは現に私もそう思っている。
それは「此処の蕎麦屋は美味しいから」と、とっときの店に友人を連れて行ってやったにも関わらず、カツカレーを頼む彼の声が意識の彼方から遠くぼーんやりと聞こえてきたときと同じくらい不可解で気持ちの悪い、一種名状し難い「不条理」と言ってよい。
しかし私はかつてココでも同じような不条理をしでかしている。取材のためとは言え、この度重なる不条理には我ながら限界を覚える。
情報不足から、私は最初コノ店のことはさほどに思っていなかった。と言うか、まさかここまで大そうな店だなどとは露ほどにも知らなかったのである。とにかく情報不足と世界の狭さが致命的であった。
1916年、ネイサンはニューヨークのコニーアイランドにホットドッグスタンドを出す。マクドナルド兄弟がカリフォルニア州サンバーナーディノにレストランを開いたのは1940年。
ちなみにホットドッグの誕生については1871年、チャールズ・フェルトマンというドイツ系の肉屋が、"同じく"コニーアイランドにスタンドを始め、ミルクロールに挟んだダックスフントソーセージを初年度に3,684個売り上げて繁盛した云々という記録があるそうだが、実はネイサン・ハンドワーカーはそのチャールズ・フェルトマンの店で長い間働いていた人物であり、それが独立して自分の店を構えたわけなので、上で書いた「同じくコニーアイランド」というのは話が逆である。
片やハンバーガーの誕生が1904年だとしたなら(コレには諸説あるようで「世に広まったのが」という言い方の方が正確なようだ)、ドッグの方がバーガーより長い歴史を持つということになる。そう聞かされてみれば確かにハンバーグなんて軟いモノを挟むより、形のしっかりしたソーセージを挟む方がより自然な発想のように思えてくる。
バーガーもドッグもいかにもアメリカ的な食べ物と評されるが、元を辿ればどちらもヨーロッパ、それもドイツの肉料理が原点(よく考えれば"ハンブルグ"も"フランクフルト"もドイツの都市名だし)。歴史は常に東海岸から。
2号店を出したのが39年後の1955年と言うから、スタンド一筋にやってきた職人気質な店だったのだろう。アル・カポネ、フランクリン・ルーズベルト、ロックフェラーはじめスゴイ名前が歴史を飾るこのホットドッグスタンドは今や全米に1,000店、海外10ヶ国に及ぶ。
そして2003年、日本展開の権利を得て「ネイサンズ・フランチャイジー・オブ・ジャパン」を興したのは最後の最後の“呼び屋”横山東洋夫氏であった。残念ながら私の世代では、リアルタイムにその名を意識する機会というのはまず無かったわけだが、所謂「外タレ」の名プロモーターである。
湯川れい子さんが『熱狂の仕掛け人――ビートルズから浜崎あゆみまで、音楽業界を創ったスーパースター列伝』という著書の中で横山氏について触れている(未読)。それにしても『熱狂の仕掛け人』、超絶に面白そうな本である。同社社長には都内でハンバーガー店を経営していた関根正義氏が迎えられ――とのことだが、関根氏が何と言うバーガー店を経営していた/いるのかは、調べたが、残念ながら判らなかった。
1号店は原宿――チェーン展開している店の場合、私は極力最初の店に行くことを決めている。YMスクエアの1F入口脇にスタンド、B1Fに店舗。店内はレジのみでイートイン席は店外、向かいの店舗との間を隔てる通路にテーブルが並べられている。しかもこのB1F、外気に通じる吹き抜けの半地下なので陽も差さず、これからの季節、寒いこと請け合い。
向かいはかつてスポーツ店だったが、つい最近古着屋に変わって人の出入りが途端に増しており、その波及もあってかコノ店のレジにも度々注文の行列が出来るが、しかしそれも5〜6分もすれば解消する。
サーカス団の大テントを真横からシルエットで見ているような店名ロゴ――う〜む、アミューズメント! 店内左右に「コンディメント」というコーナーがあって、要は自由にトッピングできるのだが、案外とみなさん利用しない。
スーパーチーズバーガー単品¥700、Sセット¥970、Mセット¥1,010。ポテトに興味が無いと言うか、バーガーの味の邪魔をするポテトはなるべく回避する方向にある私は、お得でなかろうが単品でゆく。バーガーを食べ終えた後、バーガーの余韻がポテトの油で掻き消されてしまうのが堪らなく嫌なのである。
バンズはフンワカしない硬めの白い生地で、表面白ゴマ。「サンワローラン」と書かれたパン箱が大量に積んであった。裏マヨネーズ、フリルレタス、トマト、シュレッドオニオン、ピクルス×2、ケチャップ、チーズ、パティ、その下にもう1枚チーズ、下バンズ。正直キッチンのお兄ちゃんたちの姿を見たときにはさほどの期待はしなかったんだが(スタッフ各位、失礼!)、意外やおいしい!
まず肉が美味しい。やさしい塩味で焼き加減も弱め、軽く振った黒コショウはピリッと来ずに味にほんのり広がりを添える役回り。トマト+ケチャップがもたらす爽やかな甘味、オニオン+ピクルスの爽やかな酸味、フリルレタスも量質とも十分!
その中でチェダーチーズがマイルドな味を意外なくらいしっかりと覗かせている。大概のケース「馬群に沈む」のが常なのだが、そこは2枚の強味か。それぞれが役割をきちんとこなしながらバーガーとして巧い融合の仕方を見せている。それもこれも主軸たるパティの味がしっかり据わっていて初めて成し得る業。それにしてもホットドッグがトッピング自由であることを思えば、ココのバーガーはずいぶんカッチリと味が決まっている。その「ホットドッグ」¥320、「チリドッグ」¥390。
§ §
さて100店記念ゆえ、以下いつもより多く回しておりまーすっ!
調査の途上、こんなページを見つけた。映画中にハンバーガーが登場するシーンばかり集めた雑誌の特集記事を紹介してくれたのは某文芸誌編集N氏だったが、コレはそのミステリー版。小道具として使われるハンバーガー、ホットドッグ……という視点に端を発した食文化、社会事情、さらには食の歴史考――只々感服! よくもまぁソツなくまとめられたものである>DANchan氏。
このページの下部に米国4大バーガーチェーンの件があって、人気投票をすれば1番は(我が)「ウェンディーズ」になることが多いなんて話が出て来る。そうだよねぇ〜! それが普通の味覚でしょ。
こんなページも見つけた。ハインツのお得意さま紹介といった趣旨のページ。これまで行ったアノ店、コノ店、コノ店も登場して、ホッホォー! これまた面白い。こんなアプローチもある。調味料メーカーから見た――という、視点と発想の転換がポイントですな。
ネイサンズの日本1号店を何ゆえ原宿にしたか、決定的な記事は見つけられなかったが、「原宿」で「ホットドッグ」と言ったら「原宿ドッグ」。ワッフル生地でプロセスチーズを包んだスナックで、どちらか言えば古いパン屋さんでよく見かける菓子パンだ。
なぜ原宿ドッグと言うのかと語源を調べてみると、なんと冷凍食品のニチレイのサイトに「発売当時(昭和62年)若者に人気があり、流行最先端の街である原宿のイメージと、手軽に片手で食べられる「ホットドック」のイメージを合わせ命名しました」なる文を見つけた。驚いて電話までして聞いてみたが、しかし残念ながら電話でははっきりとした回答は得られず、それでも「命名しました」という限りは、ニチレイが開発したととらえて間違いないだろう。ちょっと驚いている……。
話戻ってバーガー&ドッグ。先述の関根氏によれば「米国ではハンバーガーよりホットドッグの消費量が多い」とのことであり、またDANchan氏もズバリ「1999年、アメリカ人は200億個のホットドッグを食べた。一人当たり年間73個になる。これは、ハンバーガーを上回る数である。ホットドッグはハンバーガー以上の「国民食」かもしれない」と書いているとおりに、本場米国ではハンバーガーよりホットドッグの方がよりメジャーな食べ物という認識でほぼ間違いないだろう。
ココでは「ハンバーガーと言えば……」などと書いたものの、しかしどう考えてもスタジアムにはホットドッグの方が相応しいし、映画館にしたって全く同じイメージである。ちょっとしたスタンドにも高速道路のSAにも必ずある。身の回りのどこにでもある。
そう考えると、ホットドッグの方がはるかに日常生活に入り込んでいるのである。そこで不思議なのは、これだけ身近に浸透していながら、なぜ日本ではホットドッグよりハンバーガーの方が注目されるのか――という点である。
が、コレについては一考するまでもなく、どこをどう考えてもマクドナルドの力ひとつの功績だろう。
マクドナルドの歴史を紐解けば、いかに効率的なシステムを「売るか」という一点にベクトルが集中しており、「食べ物も売るがシステムも売る」というその発想が第2次大戦後の米国の世界戦略とこれ以上ないくらいに巧く合致して、その結果、世界を覆い尽くすまでにハンバーガーが広まることになったのではないかと考えられる。
なので以来「アメリカ」と言えば「ハンバーガー」ということになった。国家の名を戴いたのは本国No.1のホットドッグでなく、次点のハンバーガーの方だったのである。これはハンバーガーにとって必然と言えば必然なのだろうが、しかし偶然と言えば偶然のことである。もしマクドナルドがホットドッグスタンドだったら、今頃ホットドッグが名実ともに世界を席捲していた筈だからである。
関根氏はあわせて「日本でもホットドッグ文化を根付かせたい」と述べているが、そう、確かにマックを介さない形での米国文化は是非見てみたい。いずれにせよ、90年の歴史を誇るホットドッグチェーンを取り上げたことにより、食の歴史に直結し、文化に触れ、これまでになく様々な情報を集めることが出来た。100店の節目にふさわしい展開ということで、我ながら満足している。