2006年03月30日

# 119 海賊島ハンバーガー [長野・佐久平]



 佐久まで行って来た。東京から長野新幹線で1時間――という行き方はせず、小淵沢から小海線を使い、八ヶ岳南麓の高原を抜けて佐久を目指した。

●菱屋本店

 この店に惹かれたのは、経営する菱屋本店の沿革の面白さによる。江戸中期・宝暦年間に始めた宿屋がその起りで、それが土産物屋、食堂など様々に派生しながら二百数十年後の平成十七年にはハンバーガーショップを始めたというのだから、ご先祖様もびっくり……ではなく、江戸時代の宿屋と現代のハンバーガーとが同じベクトル上に扱われていることに商いのチカラと言うか、何か不変の逞しさのようなものを感じたのである。日本広しと言えどこんな店もさすがにあるまい。にしてもである――なぜ長野県の小諸市にオリジナルなハンバーガーショップが突如現われたのか? そしてなぜこの内陸にあって海賊島なのか??

●ステーキレストラン 菱屋海賊船

 菱屋本店の経営する菱屋海賊船というステーキレストランで出しているハンバーグが好評で、それを更にアレンジさせ……というのが海賊島の始まり。ではなぜステーキ屋が海賊なのか。

 ハンバーグステーキの名はドイツの都市ハンブルクでこの肉料理が盛んだったところに由来する――コレ定説。次に料理の起源だが、北アジアの遊牧民タタール人の肉料理であったとする説がよく知られている(異説もアリ)。その北アジアの料理が如何にしてヨーロッパまで伝わったか――諸説あるが、13世紀、タタール人が欧州に攻め込んだ際(バトゥの征西?)もたらしたとするものと、大航海時代に船乗りがハンブルク港に持ち帰ったというものと、二説をよく目にする。マクドナルドのHPでは後者を採り上げている。よってここでも後者で進める。

 北アジアの騎馬民族が考え出し、大航海時代の船乗りが運んだ――海のモノと山のモノとのコラボレーションによってコノ肉料理はハンブルクステーキと呼ばれるようになったのである。でまぁ、運んできた船の中には良い船もいればきっと悪い船もいたでしょ……ってことで、ココにハンバーグ伝来海賊媒介説が誕生する次第――歴史浪漫ですな。タタール人のタルタルステーキは生肉のタタキで(Mr.ビーンにも登場する)、ドイツのハンブルクステーキも同じく生で食べる。そのルーツを受けて菱屋海賊船のハンバーグも強く火を通さないレアな焼き加減が信条。テーブルまで運んだ後、高温の鉄板の上で二つに切って中を焼くのは「ハングリータイガー」式。

●トレーラーハウス

 その海賊船から生れ出た海賊島ハンバーガーはトレーラーハウスが店舗。インテリア/エクステリアの費用も含めオートローンが組める上、固定資産にならず、動力が付いていないので自動車税も係らないという¥スグレモノ¥店内外ともさほど極端には"海賊風"の造り込みはしておらず、かえってそれがライトな感覚で良い匙加減。海賊船をイメージした丸窓からは雪を戴く浅間山が見える。キッチンのお母さんも頭に赤いバンダナ巻いて少しだけパイレーツルック。BGMはスローなジャズヴォーカルやオールディーズがまったりと。



店舗はトレーラーハウス
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2006年03月25日

# 118 SUNDAE AMERICAN RESTAURANT [恵比寿]



 久々の東京なのである。イヤ別に、転勤していたワケではない。

 【sun-dae】……アイスクリームの上にチョコレート、フルーツ、シロップをかけたデザート、あのサンデーのこと。そんなポップでスウィートな店名の響きとはやや裏腹に、通りから一段下がった半地下の店内はビターな大人の気配に満ちている。シックな黒いシートに白いタイル貼りのテーブル、白い壁・天井にウッディなカウンターとキャビネット。ファンがユラユラと回る、この薄ぼんやりとした黄色い暗がりの中、イーグルスの「ラスト・リゾート」なんか流れた日にゃ〜もぉ〜っ!! どこかウェストコーストの憂いと影を帯びたような、そのクセぶりにしびれる。

 ハンバーガー(綴り:Ham burger)¥950、メニューには書いてないけどチーズのトッピング¥100。よく焼けた白いバンズはオモテに白ゴマいっぱい。ゆるいソース、トッピングのチーズ、パティ、トマト、生のオニオン、レタスい、下バンにはガーリックバター。メニューにはあとマヨネーズ、BBQソースと書いてあるのだけれど……確認出来ず(きっと私がボンクラなだけだろう)。上バンは裏もよく焦げ、同じくよく焼けたゴマとともになかなか香ばしい。美しく畳まれたレタスは歯応え爽快! パティに派手さはないものの、渋めの味をきっちり利かせて安定した存在感。

 あとはトマト系のゆる〜いソースがガーリックバターと出会って、まるでイーグルスの「言い出せなくて(I Can't Tell You Why)」のエレピのような、ゆる〜い、甘だる〜い雰囲気をたゆたわせている……って書いても何のことだかさっぱり解らないよネ? 最近ハンバーガーについて書いてんだか音楽について書いてんだか、自分でもよく解らぬ境界に突入気味―まぁむしろそれぐらいで丁度? 決して派手ではないが、お店の色を見事に身に纏ったバーガー。付け合せはピクルスにフレンチフライ。おともは毎度の「キューバリブレ」¥650。

§ §

 なによりあの落とし目のライティングがツボ。少し疲れたとき、テーブルに頬杖付きながら、何か取り返しのつかない思い出を手のひらの上にひとつ取り出して、思い返している―そんな自分を嘲りつつ、でも独りいつまでも思い返してしまう―そんなコトするのにちょうどよい、気だる〜い空気が漂ってくる―そんなお店……なぁんて言ったらお店の人に怒られるか。イヤイヤ! どーぞ大人数で盛り上がっていただきたい、そんなお店……。

 なんだけど、そこはさすが恵比寿、どこか一枚オトナのフィルターのかかった、落ち着きと余裕の漂う雰囲気が魅力。そう、そう言えば名代のサンデー食べなかったな……イヤイヤ、あんな強烈なモン、まして夜になんか食べたら太るからぜったいにダメェー!! ……なぁんて言ったらまたお店の人に怒られるか。昨年オープン。

2006.3.25 Y.M

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2006年03月11日

# 117 スローフードなハンバーガー屋さん [静岡・富士宮]

富士ミルクランド
スローフードなハンバーガー屋さん



 雄大な富士山をバックに走り回るたち・・・なんと珍妙なキャッチ!

 富士山の西麓に広がる朝霧高原は、本州最大の牧草地を有する国内でも有数の酪農地帯であり、また本来ヤセた火山灰地だったものが永年酪農を続けたことにより肥沃な土壌へと変化して、今では家庭菜園でも良質な野菜が穫れるまでになったという。そんな恵まれた自然の中、富士ミルクランドでは乳搾りやバター作りなど、酪農体験を楽しむことができる――と言ってる私は別にミルクランドに行ったワケではありません。

 写真を見たとき「こんな素晴らしいまきばの風景の中で、しかも富士山を目の前にしてハンバーガーを頬張れるんだぁ……」と思い過しをしたものだが、そうじゃあない。まぁ牧場ですから、さすがにクルマでないと行けないようなトコに在るわけで。それがJR身延線富士宮駅の駅前に、オリジナルの乳製品やパンを販売するサテライトショップがオープンした――その名も富士ミルクランド「駅前店」。

 駅歩5分、これで歩いてミルクランドに行けるようになったというワケ。でさらに昨年12月、駅前店「ミルクショップ」の隣にハンバーガーショップが出来た。しかもココのバーガーは牧場では食べられない(ハンバーグとウィンナーは駅前店オリジナル商品)。

 ミルクショップ内外にベンチはいくつか在るけれど、基本はテイクアウトの小さなバーガーショップ。ハンバーガー¥420はなんと放牧豚のハンバーガー富士山の天然水と朝霧高原の恵まれた自然環境の中で、ストレスがなく、丹念に飼養された生産者限定の豚肉です」ストレスがない……イイことですっ! 私だってあやかりたい。他に焼肉バーガー¥400、豚しゃぶバーガー¥400。あとはサンドにドッグ。して、出て来たのは横長な包み――そう、サブマリン型のサンドウィッチなのである。

 ハースブレッドのような締まりのある、やや重めの口当たりのパンに豚肉が一枚バーンと挟んである。材料の良さが直球で伝わる、迫力ある見た目。一見ポークソテーなのだが、よく見れば確かにハンバーグ。挽肉にしてどう味が変わるのか……というところだが、基本的にはソテーの味から大きく外れるものではない。されど練れば練るほど美味しい放牧豚の肉は脂身の甘さがホワホワと気持ち良く、されどクドからず、そして何より牛のようなクセやクサミが無いので、実に素直で食べやすい。ヘタな牛よりはるかに美味しい豚肉の本領発揮。

 あとその下にチコッと添わる生オニとピーマンがピリッとビターな薬味として実に実にナイスなアクセント。挟む量も適当――シコタマ挟めばイイってもんじゃないですから、こういうものぁ。そして見るからに新鮮なトマトにレタス。豚の形の容器に入ったソースは、かけるとまるでソース味になってしまうので、かけずに素の味で楽しみたい。

 難点は、豚はよく火を通す――というのがやはり基本だからだろうか、パティが薄身なので、焼きたてアツアツがすぐに冷めてしまうこと。ハンバーガーのように上下をバンズがしっかり覆っていれば保温の役割を果たして、もう少し熱が持続するかも知れないが。とは言え冷めても美味しい肉ではありました。放牧豚のパティが主役の座を堂々と占め、エコファーマーの生産する新鮮野菜が脇をがっちり固める。ボリュームたっぷり! お腹いっぱい! お供には、ココでコレを飲まずして何を飲む! とばかりにホットの放牧牛乳¥180。放牧豚同様にクサミのないサラリとした飲み口。

§ §

 さてこのバーガーをどう分類するか……。

 羊頭を懸けて狗肉を売る――という諺が浮かんだ。イヤ、別に悪く言っているのではない。スローフードなハンバーガー屋さんという店の名でありながら、ハンバーガーが食べたくて店に入ったお客さんは、牛肉でなく豚肉のハンバーガーを渡される。しかも、まずビーフのバーガーが基本としてあって、それとは別にポークがあるのではなくて、はじめからポークのバーガーに「ハンバーガー」という看板を背負わせているのだから、極めて大胆かつ思い切ったメニューであると言えるだろう。バンズはドッグ&サンドと共通――なのでサブサンドと呼ぶ方が適当だろうか。

 しかし……BSE問題も先行きが見えず、解決への道のりも未だ"牛の歩み"な今日、安心・安全な豚肉に注目して放牧豚バーガーを大胆にも店の看板に据えた辺り、実に実に先進的であると思うのである。時代をとらえたバーガーということで高く評価すべき……だとエラソーなので、ひと言――お見事で御座いますっ! ハンバーガーというキーワードから離れて純粋に美味しいバーガーでした。

2006.3.11 Y.M

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2006年03月07日

# 116 BONNET [静岡・熱海]



 此処は熱海銀座――通りからぷいと脇道に入ると、逆光を浴びた佇まいが何とも神々しく見えたものだ。マスターは東京生まれの東京育ち。進駐軍で働いていた。東京銀座の服部時計店(いまの和光ビル)が接収されて進駐軍のPX(Post Exchange, 購買部)になっていた頃、そこでハンバーガーと出会う。

 '52年、23歳のときに熱海の銀座にボンネットを開店。店名は壊れかけたワーゲンの……ではなく、帽子から。ハンバーガーを始めたのは55年とか6年とか、とにかく開店と同時では無いような口ぶりだった。当時は進駐軍が流行も、娯楽も、食べ物も、音楽も――あらゆるものの発信源だった時代である。その発信源のど真ん中に身を置いていたわけだから、それこそありとあらゆるものが強烈に魅力的で、刺激的で、多感な若者は乾いたスポンジのようにみるみるとそれらを吸収していったに違いない。

 どうして熱海で店を始めたのかは聴かなかったが、東京から来た若者が始めたジャズの流れるハイカラな喫茶店は、一目もニ目も置かれる存在だった筈である。熱海ゆかりの文人・著名人らもよく訪れたというから、時代の最先端をゆく彼らのウルサイ好みをも、きっと十二分に満足させていたことだろう。

 新宿辺りにある古い喫茶店を想像してもらったらよい。奥に長い店内――黒い床の上に、かつてクリーム色の背に赤色のクッションだった合皮張りの椅子が四席ずつ、ずっと奥まで並んでいる。白い壁には(多分)バロック風・華美なデザインのブラケットランプが等間隔に。このインテリアの規則的な連続が、奥に長い店の形を巧く活かした空間演出を成している。

 奥の壁はもちろん鏡。黒い階段を上った2階の暗がりから聴こえるBGMは、粋で素敵なムードミュージック。ちょうど腕の高さに壁から張り出す肘掛の、裏側から零れる蛍光灯の間接照明、そして店の中央に並ぶショーケースの明かりが印象的。

 ハンバーガーセット、ハンバーガー&コーヒーで¥700。単品¥500。底を二重にしたバスケットに紙を敷いて。手のひらサイズの小ぶりなバーガー。バンズてっぺんにピクルス、付け合せはフレンチフライ。裏マスタード、そしてソース(「コメダ」以来)、パティ、下バンにバター。レタス1枚と生のオニオンが外に。

 バンズは縁のコゲがサクサクと気持ちよく、辛い生オニのシャクシャクと相俟って、クセになる歯応え

 オニオンの辛味に次いでやや甘目のソース味が効いており、更にはそれらの味をサイフォンで入れたコーヒーの軽やかな酸味が中和するかのようにサラリとまとめ上げる。パティはハンバーグだが粘らずサッパリとしていて、ソースを用いたバーガーとして実に実に完成されている。まとまりある味覚に歯切れの良い食感。すごくしっかり・はっきりとしたエッジと主張を持った、表明するバーガー

 さてこの印象深い白いオニオン――日比谷三信ビルの「NEW WORLD SERVICE」もコノ味だった。意志を以って乾燥させないと、こういう風にはならないだろう。ワザと乾燥させて、以前書いた通りの「タテヨコの比がぴったりと合ったサイの目の食感」を出している。

 銀座のPXと日比谷のNWS――どちらもGHQ体制下の中心部に位置していたわけだから、PXでハンバーガーに出会ったボンネットのマスターとNWSは、あるいは同じモノを見たのかも知れない。つまり当時あったハンバーガーはほぼこんな姿だったのである……という仮説。

 さらにはこのバーガーのサイズ……六本木の「ハンバーガーイン」も横須賀の「ハニービー」も、仙台の「ほそや」も、佐世保の「ブルースカイ」も、どこもおよそこんな大きさだったことを、私は単なる偶然だとは思えないのである。

 偶然でないのなら、ではつまり進駐軍のハンバーガーは小ぶりだったのか――。あるいはコレが当時の日本人のスケール感だった――という考え方もという考え方もできようか。2006年の今、バーガーショップ/ダイナー各店が競って作るアメリカンサイズのバーガーとは大きく違う、このサイズ感――実は何かスゴイ曰くや背景が隠されているかも知れない……なんて、こんなことを書くうちに、もう一度店を訪ねてマスターからもっといろいろと当時の話を聴いてみたくなってきた。近くもう一度行くかも知れない。次回は三島由紀夫でもきっちり一冊読んでからにしますかな。

§ §

 いずれにせよ日比谷熱海、思いもかけない場所と場所から、思いもかけない歴史が垣間見えて、何か私の中では輪が繋がったような思いがするのである。……にしてもだ。こんな落ち着いた喫茶店で華麗なるストリングスサウンドなど聴いていると、身も心も洗われたようになって……本当に気持ちイイったらありゃしない! 要らぬ肩の力が抜けて、重心がスウーッ……と下がってゆくような、そんな感じを覚えるのである。壁に架かる黒いパネルに描かれたハンバーガーのイラストは一個当千

# BONNET [静岡・熱海] のチーズバーガー

2006.3.7 Y.M

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2006年03月04日

# 115 Hungry Tiger [横浜・保土ヶ谷]



 父が運転するクルマの後部座席から、いつも見ていた――高台に迫り出す大きなガラス窓を。そしていつも想像するのだった――煌々と輝くその窓の中で過ごす、家族団欒のひとときを――。横浜新道下り車線を走っていると新保土ヶ谷IC手前の左手高台にそびえて見えるその姿に、幼い私は一種中産階級的豊かさの象徴のようなものを思い描いていた。

 70年代は外食チェーンの創業ラッシュ――という話は何度かしたが、確かに当時、家族揃って外で食事をするということには、いまとは少し違う意味合いがあったように思う。2006年の今日、家族が近所のファミレスにふらっと出掛けて夕食をとるのとは、気構えも気の持ち様も違っていたのではないかと――飽くまで朧ながら、何やらそんな記憶と印象が残っているのである。69年創業以来の建築というこの保土ヶ谷店の建物には、時を経て今日なお当時の記憶――或いはステイタス――が漂う。

 やはり当時の建物は"本物"である。S造(鉄骨造り)。有に3階建の高さはある高ーい天井は太ーい鉄骨の梁がむき出し。内装には木材を多用し、大きなロッジ若しくは体育館のような、とにかく巨大な空間である。目を惹くのはバイパスに向いた一面のガラス窓、中央にワイヤーで固定された背の高いトーテムポール、そして店のシンボルチャコールブロイラー。石組みの上に渡された鉄棒の上で焼かれる、それはそれは大きなフットボール型ハンバーグパティは、800℃に達する炭火の高温に余分な油を落としながら、シューシューと絶えず白い蒸気を上げている。立ち上るその煙はブロイラーの真上に設置された"超"巨大&強力ダクトに、白い筋となって吸い込まれてゆく。このコックピットのように突出したブロイラーの背後に控えるキッチンは、城郭建築顔負けにごつい石垣(?!)に囲まれている。この辺の本気の造り込み様こそ年代の為せる業だろう。

 高温で炭火焼されたハンバーグパティは、テーブルに運ばれた後、客の目の前で横に2つにカットされ、火の通りの弱い内側を320℃の鉄板に押し付け更に焼いて、料理の仕上げをする――この半焼け(正確な表現は失念)の焼き方が本来の"売り"だった。ところが折しもO-157が社会問題となっていた頃、コノ店でも出してしまい、それを機に以前よりよく焼き込むよう創業以来の"売り"を改めたが、結果として店舗数を大きく減らしてしまう。現在市内に4店舗のみとなったが、しかし人気はいまだに高く、客待ちの常に絶えない店である。保土ヶ谷店はなんと地下に週末夜限定の待合室があって、オセロ、トランプ、ぬりえなどして長い待ち時間を過すことが出来、更には軽食もとれるようになっている。ハングリーバーガーはこの待合室の看板メニューでもある(昨年から始めたそうで)。

 料理はどれも十二分な質と量。対して値段は安い。日替わりのスモールスープ¥300は他店ならレギュラーサイズ。この日は実に細やかで深みのあるクラムチャウダーだった。保土ヶ谷店"限定"ハングリーバーガー、ソフトドリンク付¥1,155。くすんだ茶色の胚芽バンズは通好み実に渋い選択だ――と言うか、セットのパンとほぼ同種のものである。裏バター、長いピクルス×2、冷えたトマ、サウザンソース、大き目に裂いたシュレッドレタス、キャラメル色になるまでソテーしたオニオン、パティ、下バン。付け合せはフレンチフライ。さらにマスタード。このマスタード、口当たり実にクリーミー食べ終わるころ苦辛い味をじんわり効かせる逸品サウザンソースも同様にはいり口なめらか、食べるうちキュッと酸味が効いてくる。

 先述のような焼き方により、ココのハンバーグはパラパラ・ザラザラとした粗い肉質を特徴としているが、これこそワイルドでダイナミックなアメリカンバーガーには向きバーガー用にはちゃんとパティを平らにするようで、ゴロンと食べづらいことはない。香ばしい炭火の匂いの漂う中、粗めの肉感と、噛み締めるほどに滲み出す肉の風味とのバランスが抜群。さすが肉の専門店と呼ぶにふさわしい、"肉"を知り尽くした絶妙の味のコントロールである。

 難を二つ挙げれば、レタスが畳まず千切ってあるため歯応えに欠けること、干瓢状のオニオンの味は人により賛否意見が分かれるかも知れないこと。グレイビー、デミグラス、醤油ベースの和風、トマトベースのイタリアン、そしてもちろん直球でトマトケチャップなど、合わせるソースの数ある中で(ケチャップは付いてきたが)、あえて甘目のオニオンを選んだ辺り(ココもそう)、このバーガーには一種の独創性が感じられる――と言うか、ハンバーグステーキの付け合せのオニオンがそのまま使われているという、それだけのことか。あまり汁気の多いソースだとバーガーには向かないのでいずれ工夫は必要だが、これだけ美味しいハンバーグ屋のパティだから、どうせなら肉らしい豪快な味付けでいただきたいなという欲求も、特に隣の席でジュージュー音を立てるステーキなど意識してしまうと、つい思ってしまう。ともかくオニオンの甘味のよく効いたバーガーだった(実はソースが少量だっただけかも知れないが)。

 いや、実はもっと単純で明快な動機によって作られているバーガーと言ってよい。つまりテーブルの上に並べて置かれたセットのパンハンバーグステーキ付け合せのオニオンサラダのトマト&レタス――を集めてタテに積み重ねれば、このバーガーは出来てしまうのである。何か特別な作り込みや準備によってでなく、そんな単純な応用の利かせ方でこのバーガーが成り立っていることを、そうこなくっちゃ!! と私は何故だか嬉しく思う。量は見た目以上、最後のひと口まで肉厚なパティの存在感を堪能できる。私が今まで肉の専門店に寄せていた期待に初めて応えてくれたバーガー。

§ §

 さてこの記事を書いている最中に相鉄ジョイナス店の閉店が発表された。これで駅から歩いて行ける店は無くなったワケである。今まで当"隧"道で紹介してきた店の中では珍しくファミリーの似合う店であり、何より外食ブームの牽引役として時代をリードしてきた老舗である。これからも是非40年、50年と歴史を積み重ねていって欲しいハマの名店なればこそ――負けるな、肉屋の息子のレストラン!


※その後、日野店・港北センター南店でも販売を開始(2006.9.9)


# Hungry Tiger [横浜] のハングリーチーズバーガー
# Hungry Tiger [横浜] のハングリーバーガー

2006.3.4 Y.M
posted by ハンバーガーストリート at 18:40| Comment(4) | TrackBack(1) | 横浜編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする