2006年02月24日

# 114 Paradise Cafe [福生]




 別日、今度は鉄道で行ってみた。JR八高線(はちこうせん)東福生(ひがしふっさ)で降りて、福生の街を気の済むまでWalkin' Around 、日も暮れかけた頃ようやく目的地に向かい始めた。コノ店は間違いなく福生文化圏の店ではあるのだが、しかし所在地は福生市にはない。国道16号をひたすら北に進路を取り……ま、歩いて行くトコじゃないネ。なにせ道を訊いた「DEMODE DINER」付近の作業服屋の主から「かなりあるよ」「どのくらい?」の後、返事が返って来なかったくらいなので。すっかり暗くなった国道をTail Lamp 数えながらヒタヒタと歩行――なかなか着かない。やがて[羽村市]の標識が現われ、程なく[瑞穂町]が現われる――が、まだ着かない。そろそろ気力も萎えてくる……が、ここで歩みを止めるわけには行かない――退くも進むもただ基地有るのみなので目標に向かってただ前進するのみ――Keep on strut !

 と、やっと現われたランドマーク――夜闇にほの白く浮かび上がるボウリングのピンは、地元の人の説明によく登場するRound 1(since 1980)。その2軒隣に……あったー! GS風構えの建物。中古アメ車専門店Paradise Road の2F。隣には有限会社徳田発動機なる修理工場。大モトはどっちか判らぬが(多分徳田発動機)、これら皆兄弟姉妹。帰ってから気付いたのだけど、ふ〜ん……電飾で飾られた正面の階段――コレ比較的最近取り付けられたモノですな? コノ階段が写っていない写真の方が多い。

 扉を開けると、正方形に近い広ーい店内に観客は僕だけ――。黒く塗って余計に高さを強調した天井からダウンライトが強い光を落としている。床は白黒チェッカー……ではなく、建物の外壁と同じ、白地にホットピンクの水玉塩ビ張りの派手派手赤白ソファの上の音の無いスクリーンは『カクテル』を映していた。ピンクのネオンに照り輝くカウンター、その隣のキッチンはこの広い店の中にさらに設えられたブースの様な囲いの中に位置。カウンターと反対の壁にはSONORのドラムセット、電子オルガンから年代モノの自動演奏ピアノからアンプにモニターも一式揃い、ギター/ベースも数本ある様なので、今すぐにでもバンド演奏が始められる状態。後はもぉ歌うベティちゃん人形にスカート押さえるマリリン・モンロー、もちろんジュークボックスに我が心のピンボール、実物大のクルマのオブジェにアンティーク玩具が満載! そんな50'sテイストの中、アース(EW&F)の「宇宙のファンタジー」なんか流れた日にゃあ、もぉ〜! その後も続くディスコテックのオンパレードにふと天井を見上げれば、そこにはミラーボールが空調の風にゆらゆらと揺れてぶら下がっている。ひょっとするとコノ店、テーブルを端に寄せればイイ感じのダンスフロアになるんじゃないかしら? トドメはブロンディの「ハート・オブ・グラス」――飄々として人を食ったようなコノ曲に最高点!

 さてハンバーガー50S Cafeには欠かせないメニュー、当店自慢のBeef100% のホームメイドHamburger!!」シングル¥850にトッピングのチーズ¥100。バンズは表面ケシの実、ツヤがあってあんぱん状。強い甘味。中はよく粘る白いチーズ、パティ、トマト、シュレッドオニオン、シュレッドレタス、マスタードマヨネーズ? と下バン。バンズの焼き方が上手く、薄いオモテ皮がシャリシャリと砕ける。下バンもしっかりとしていて安定感抜群。肉厚のパティはコリコリ・粒々とした適度な大味加減、なかなかの食感だ。チーズの味は微か、シュレオニは辛味弱く存在希薄。このまま食べるとマヨネーズ味のパティになってしまうので(私はあまり好きでない――豚ならともかく、牛肉にマヨネーズ塗ったくって食べる人居ないでしょ?)、適宜ケチャップを。どうも挟まる全ての食材がバンズの甘味に負けてしまっているような気がする。せっかく肉質は隆々として素晴らしいので、ココはさらにもうひとつ隆々としたBBQソースなり、ブラックペッパーなりでも加えたら、細工はさらに流々! 一層ごっつく仕上がって良いと思うのだけれど。付け合せはフレンチフライ、ピクルスに、本気で辛〜いハラペーニョ。

§ §

 コノ辺り、在るのはただ広い飛行場ばかり。基地内の一切の建物が途絶えて、窓外に滑走路を眺め見ることができる。とは言え夜は、ただただ黒々とした巨大な"闇"が前方に横たわっているだけ。誘導灯の青い光が、其処が滑走路であることを辛うじて示している。

 さて、行き来た道をまた戻るのも芸が無いと思い、復路は八高線の次の駅、箱根ヶ崎目指して再び歩きだした。ところがこれがどーにもこうにも……なかなか着かない。寒風荒ぶ中、行けど歩けどいつまでも飛行場のヨコ。まったく着かない。まるで着かない。あぁ、いつまで歩けば良いのやら……。でもまぁイイヤ。ゆっくり行きましょ、明日も休み……。


2006.2.24 Y.M

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2006年02月21日

# 113 DEMODE DINER [福生]


[福生]

 23区以外の東京のことをよく東京「都下」と呼ぶ。この理屈でゆくと八丈島や沖ノ鳥島も皆「都下」になるわけだが、以下の説明における「都下」とは東京西部・多摩地域の市町村のこと。我が周辺でリサーチしてみたところ、都下の地理や自治体の位置関係に明るい人はほぼ居らず、さらに横田基地が何処にあるのか、正しくその所在地を把握出来ている人はまるで居なかった。実は私もその一人……。

 調べてみた。さすが現役の基地だけあり、横田基地については資料も多い。とりわけ詳しいサイト(多謝)から得た情報をまとめると、


◆1940年、旧日本陸軍立川飛行場の付属飛行場として開設され、多摩飛行場と呼ばれた。当時地元では福生飛行場と呼ばれていた。

◆1945年9月4日、米軍占領。横田という名称は当時飛行場の東(現武蔵村山市)にあった小さな村の名前に因んで付けられた。

福生・立川・昭島・武蔵村山・羽村の5市と瑞穂町の1町にまたがる。本州最大の米空軍基地(つまり沖縄が国内最大)。3,353mの滑走路1本を有す。

◆在日米軍司令部、第5空軍司令部、第374空輸団司令部の3司令部が置かれる極東における主要基地。極東地域全体の輸送中継ハブ基地(兵站基地)としての機能を有している。戦闘部隊はいない(……と聞いて攻め込まないよーに)。

◆基地総面積:約713万6,413平方メートル
……狛江市より大きい(6,390,000u)。但し狛江は都内の市では最も小さく、全国でも蕨市、鳩ヶ谷市(ともに埼玉県)に次ぐ3番目に小さい市である。とは言え基地をすべて宅地化すれば、ざっと7万人は住める計算になるので(狛江市の人口から算出)、全く軽視出来ない面積である。ところがその7万の住宅地に居住する現在の人口は……↓

◆横田基地の人口:約11,000人 ――悠々!


 というワケで横田基地第2ゲート前にある"門前町"福生。戦後の歴史を米軍基地とともに今なお歩むコノ街は、基地に面した国道16号沿いを中心に、輸入雑貨屋、ミリタリールックなどの古着屋、古家具屋(あと自転車屋が多かった)、そしてアメリカンなダイナー/レストランなどがチョイチョイと連なって、かなりコアな異文化体験をすることが出来る。その特有な空気に惹かれ集まったアーティストも多い。忌野清志郎もその一人であることは恥ずかしながら今回初めて知ったが、しかし兎にも角にも福生と言えば大滝詠一作品ちょとしか聴いたことないけど、でも尊敬する大滝詠一福生の何処かにスタジオ持ってる大滝詠一……と想像するだけでウズウズ・ワクワク行ってみたくなる福生……となりゃあ行動有るのみ! さぁ〜、福生行きの切符買って

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DEMODE DINER



 とは言え、行くは遥か福生――なので今回は"都下"八王子在住の友人GIのクルマで現地入り。ネットを検索していると、バイク乗りの集会場ないしは中継地的存在として謳われることの多い店。確かにこの日もハーレーで乗り付けた不良中年グループが和気藹々、楽しくお茶した後、ドゥ、ドゥ、ドゥ、ドゥ……と店内にも響くエンジン音(と言うか地響き)を残してヘイヘイ去って行く姿が見受けられた。

 16号を挟み、目の前が横田基地。ファサードのほぼ全面に及ぶ、機能的なサッシの折れ戸がまず目に入る。店外に積み上げた石壁、グレイに塗った内壁、床は黒と赤茶のチェック(CLUB HARIEみたいな色使い)。少し黄ばんだ感じの天井からは円筒形・3灯のモダンなペンダントが下がり、アンティークな家電・玩具・無線機などの類が壁に飾られている。

 わりと整然とテーブルが配されたモダンなセンスのダイナー。バイク乗りの……というところからもう少し荒くたいものを思っていたのだが、イメージするほどワルでワイルドな造りではない。天井に埋まるBOZEが意外なほどの良い音でブライアン・セッツァー・オーケストラをジンジン鳴らしまくっていて、もぉ〜ゴッキゲーン!

 経営はアノ紅虎餃子房の際(キワ)コーポレーション。福生の街には紅虎こそ無いけれど、DEMODE DINERはじめグループ店が多数点在。'99年に目黒に移転するまでの7年間、本社はココ福生にあったというから、福生とはきっと浅からぬ関係にあるのだろうが、沿革ではそこまでのことは触れられていない(一体どういう関係が……)。

 そんな有力外食企業の経営ゆえ、DEMODEと名の付く店は渋谷・札幌・京都・深川・相模原……不意を突くように全国各地に在る。'98年オープンの福生店こそきっとその発祥だろう。バーガー8品。B.L.Tプラスチーズのチーズバーガーダブル¥1,050を。お供はアイスマンゴーティー¥530。

 パティは注文が入るたび捏ねているらしい。待ってましたとばかりキッチンから音が聞こえてくる。やがて運ばれて来たのは……オヒョ〜! 紛れもなく当企画最高峰のその上背に、思わず拍手手拍子……。これでビック! ビック! ダイナーのタワーハンバーガー¥2,950(3〜4人前)ともなれば一体どうなることやら……。

 白ゴマの少量乗ったフカ系バンズのてっぺんには串が2本刺さっており、「MOS's-C」の再来。単に見た目だけのことかと思っていたが、そうではなく、これだけ高く積まれたバーガー、2本使わないと到底安定しないのである。

 もしコノ迫力に臆することなく、果敢にカブり付こうと思うなら、この2本の串を決して抜いてはいけない。一度串の抜かれたバーガーは、どう工夫したって串抜きには再び一列縦隊に復することはないのである。パックは供されないので、串を刺したまま素手でゆくか、道具を使うか、二択になる。しかし串を刺したまま食べたとて、そのうち挟んである順番などどうでもよくなるくらいグヂャグヂャになってしまうので、最終局面における道具による収拾は不可避。

 中身は濃厚なるハンバーグソース1、チェダーチーズ1、ベーコン1×2枚、分厚いトマト1、パティ1、またハンバーグソース2、チーズ2、ベーコン2×2枚、パティ2、トマト2、レタス1枚、そして下バン。

 熟したトマトはホットになって乙な美味しさベーコンも至極適当な食感と塩味。レタスは少量で影が薄い。そしてパティ――ベースの真ん前という立地から、ワイルドで大味なアメリカンテイストを想像していたら左にあらず、これは良質なハンバーグである。ぎっしりギュッと身の詰まった食感で、ふわふわっとしたモノとはまた違う重量級の美味しさ。刻んだオニオンの入った濃い目のソースは、あたかも台風の目が如く食材一同をご覧のとおりのドロドロ大洪水の渦中に巻き込む。

 このバーガー、バーガーと言うよりハンバーグを食べている感じ純粋にハンバーグとして美味しいので、シューチレス(無羞恥)にもカッと大口開いてドロドロに手を汚してまでハンバーガーとして食べる必然も無いと思った。自然体で楽しみたい。付け合せはピクルス×2、ドレッシングのかかったレタス、フレンチフライ。

§ §

 さて……友人と話し込むうち外はすっかり暮れて、夕陽に映える"YOKOTA MIDDLE SCOOL"の校舎の後ろから、白い月が昇っていた。おおっ……これぞまさしくナイアガラムーン!

2006.2.21 Y.M

posted by ハンバーガーストリート at 13:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 帝都編◆都西 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月05日

# 112 Daffy's [横浜/元町・中華街]



 かつてバンドホテル(BUND HOTEL)のあった少し先。バンドホテルについては……こちらが詳しいかな? 私も70年代のバンドホテルの姿というのは朧気ながら覚えている。とは言え5歳や6歳の童には、何やら黒々した巨塊が聳えている――といった程度のイメージがせいぜいで、今日あらためて資料を当たってみるに、一度でいいから入ってみたかった……と思うことしきりなのだが、今となっては後の祭り。

 ナイトクラブなどというものがあった時代と言うのは、世の中全体がエラク背伸びしていたか、あるいはそもそも世の中全体がいまと比較にならないくらい早熟だったか――多分後者だろう。自我の確立が年々遅れ、アダルトチルドレン化が深刻と叫ばれて久しい平成日本の御世である。私如きがShell Room に行ったところで「ホラホラ! こどもの来るところじゃないよ!」と追い返されるが関の山。平和で豊かで安定した今の時代からは、裕次郎のようなオトナな大スターが生まれることも最早無いだろう。ホテルの跡地に建ったドン・キホーテは、まるで"今"この時代を象徴するかの様な、チ○ドレンな存在に映る。

§ §

 住所は新山下。80年代でも随分寂しかった街外れ/港外れだが、それが今や通りは一大マンション街へと変貌している。しかしそうなった今でも一抹の寂寥はなお拭い切れず、埠頭の無表情なダークグレーの印象が視界から消え去ることはない。大型マンションが成すコンクリ壁の間をしばし走ると、道はやがて小港の交差点に出る。「SEAMEN'S CLUB」と「MOON cafe」はすぐそこだ。

 大モトはSHAKEDOWN STREETというカリフォルニアスタイルの古着&Tシャツ屋なのだが、大モトSHAKEDOWN...Daffy'sの店内に在る。「カリフォルニアスタイルの古着……」というテイストは、「TROUBADOUR」を経営するMOTHER LUCYと相通ずるか。

 '02年オープン。初めはMOONGOOSEという名のアメリカンバーだったのが、最近ハンバーガーショップにリニューアルしたそう。なかなかに造り込まれた店内。床から壁から扉から天井からぜ〜んぶ木製狭いながらもイメージを形に出来ている印象。入り口にサボテン(この場合シャボテンと呼ぶべきか)、随所にカリフォルニアが散りばめられている。トイレなんざぁ「ゼスト」真っ青の凝り様で、トイレットペーパーのホルダーなんてホントにこんなのアンの? と考証を疑いたくなる器具が取り付けられており(ま、創作なんでしょうけど)、カギに至ってはどうやって閉めたらよいのかよく解からない半端無い作り。

 6人掛けの大きなウッドテーブルの両サイドに同じく大きなベンチ。あまりに店にピッタリはまっているから多分特注だろう。店内2箇所にカラフルな服が架かる一隅があるのだが(この場合"一隅"とは言えぬネ)、SHAKEDOWN STREETは11時から18時までが営業時間、Daffy'sは15時から翌1時までで、SHAKEDOWN...Daffy'sの関係はこの店内においてはどうも主客転倒して……ン? 違うのか。Daffy'sの営業時間に合わせて服は全部片付けてるのか(不明)。

 チーズバーガー¥900、ドーム型バンズは表面ケシ・ゴマなし、ツヤのあるタテの弾力。裏バター、生オニオン×2、ピクルス×2、トマト、白いチーズ、パティ、レタス、下バンズ。パティは薄味で微かにナツメグの香りトマトも薄味。全体に穏やかな作りの中、バンズの弾力に富む食感がひと際印象に残るあっさりしたバーガー付け合せはフレンチフライ。

§ §

 BGM――ボブ・ディランの90年代のライヴ盤からライ・クーダー『紫の峡谷』へと。ターンテーブルがあり、カウンターにはLP盤が並ぶ。店内其処彼処にチーチ&チョンのポスター、写真が飾られている。よほど好きでないとコレは有り得ない。例によって私は未見だが(店内無音で映画流れてたけど)、ちょいと興味を覚えてしまった。観てみますかな。こんな寒〜い冬には有り難い、木の温もりにホッと心安らぐお店。

2006.2.5 Y.M

posted by ハンバーガーストリート at 19:58 | TrackBack(0) | 横浜編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする